社会技術分野
人間情報・社会情報に基づく安全安心技術の社会実装

西田 佳史 先生

領域代表者 
東京工業大学 工学院機械系
教授

実装はゴールではなくスタート

これを乗り越えたのが「自分の研究範囲や対応可能な領域だけに固執しない」という発想でした。ステークホルダーをどんどん増やしていくのです。 

まず、小児科医に傷害のデータ(CTスキャン)を頂いたり、また体表上の傷害の位置なども教わりました。次に、材料力学の専門家に、ダミー人形の実験やコンピューター・シミュレーションでおよそ数百回を超える事故状況のシミュレーションをしてもらうことで、腎臓破裂を起こす可能性のある転落の状況が推定できました。そして、行動計測の専門家に、センサで実際の子どもが遊具で遊ぶ様子を観察してもらったところ、子供はおそらく階段の内側から転んだこと、そして子供が落ちた階段の内側は、外側に比べて勾配が急であり、足を踏み外しやすくなっていることが明らかになりました。そこで、今度は遊具メーカーと協力し、階段の内側に手すりを取り付けることで、階段の内側に子供が近づけないようなデザインを提案することができました。その後、同様の事故はなくなりました。

子どもの事故例が可視化されたプログラム。件数が多いほど色が赤くなる

この滑り台に関しては、あくまでケーススタディですが、子どもの事故はこの遊具以外にもたくさんあります。本事例を機に、予防に至る全体像の目処が立ったので、各要素技術の開発に移りました。医療機関と協力し、子どもが怪我をした部位のデータを集め、それを子供の身体地図に表示するプログラムを作成しました。子供が事故によって損傷した部位が、そのまま模式図に反映され、件数が多ければ赤く、少なければ青く表示されます。例えば、腕が赤くなっているとすると、その部分を調査すれば、事故状況などの情報が表示されます。部位ごとの事件の共通項を分析、対策することで、可視化することで、見過ごせないリスクを迅速にケアし、予防する仕組みを作ることに成功しました。

この実装の取り組みの中でも,ABC構造の変化が見られました。様々な職種の協力者が参加することで「腎臓破裂防止(当初の目標A)」と「らせん階段の危険がある状態での注意喚起による予防(当初の操作不能事象B)」という考え方から、Aが「転落時、衝撃力低減による内臓損傷予防(修正された目標A’)」へと、Bは「転落時大きな衝撃を受けない柵、階段の修正による予防(操作可能変数C)」へと推移しました。また、この取り組みから新たな技術開発要素も考案されました。実装は、ゴールではなく「新たな研究のスタート」となり得るのです。

自分が納得するまで突き詰めることで、創造性が生まれる

私の研究は、他の研究者に「知的好奇心駆動ではない」という指摘を受けることがあります。「学術的に面白いものに取り組むことが研究者の本分であり、考え方の言及や社会実装まで考えるのは実業家がやればいい」という考えです。辛辣なようですが、これを「学術病患者」と呼んでいる人もいます。

わからないものを解き明かすことが研究である

社会問題を扱う場合にも、研究を推進する上で本人の内側からくる問題意識も大切だと考えています。実は、本当に自分を納得させるということは難しいものです。「このロボットは、使うことが出来れば便利だけど、自分の親世代は使いこなせないだろう」「注意喚起といっても、個人には限界がある」という疑問があるなら、追究することが近道でしょう。 

私の尊敬する偉人である数理統計学者の赤池宏次氏は「一般的な見解だけで納得するのではなく、自分が納得するまで徹底して突き詰める。ここに創造性が生まれる」と、仰っています。これはクリエイティビティの本質を突いている言葉ではないでしょうか。自分の必要だと感じた研究であれば、たとえその時代の社会の問題意識が低く、社会実装までの道のりが遠く感じられたとしても、自分で一分野を築きあげるほどのフロンティア精神で挑んでほしいです。現実世界が変わる、これがグッドセオリーなのです。