水害リスクの地域学習ニーズに応える河川水位観測・洪水シミュレーション技術の統合
〜水害に関する「地域の学び」を支援する技術〜
松田 曜子 先生

長岡技術科学大学 環境社会基盤工学専攻 准教授

助成期間:平成29年度〜 キーワード:自然災害、参加型防災、ダブルループ学習 研究室ホームページ

2007年京都大学大学院工学研究科都市社会工学専攻博士後期課程修了。2007年特定非営利活動法人レスキューストックヤード事務局に就職。2009年より事務局長を務める。2012年関西学院大学災害復興制度研究所特任准教授就任。2016年長岡技術科学大学環境社会基盤工学専攻准教授となり、現在に至る。

まず、今回のテーマを研究するに至った経緯を教えてください。

京都大学の大学院に在籍していた時、災害救援・防災活動を行うNPOの方々と関わり、その活動から刺激を受けました。卒業後は地震や水害に遭った被災地での救援活動を行いながら、被災者の方の声や教訓を学び、それを次の防災に活かす活動をしたいと考え、災害救援のNPOで働くことにしました。

博士号取得後にNPOに就職というのは、意外な経歴です。

そうですね。博士課程を修了すれば、卒業後はそのまま研究者を目指す人が多いので、私は異色の部類に入るのでしょう。しかし結果的に、被災者支援の仕事を通じて現場を知ったことが、研究者になったあとも大きな糧になっていると思います。

一度アカデミックの世界を離れたことが、幸いしたのでしょうか。

はい。NPOの活動をしていて、災害の専門家と住民の持つ認識の“ギャップ”に気づきました。災害への備えは政府が担当し、そこに専門家が加わって、専門分野の分化、高度化がなされてきました。ところが、阪神淡路大震災以降、一般の人々の考え方が変わり「専門家の理論だけでは、災害を根本的に防ぎきれない」と、認識が変化し始めたのです。

研究者ではない立場だったからこそ気づいた視点の違いを、今も大切にしている

その後も、平成25年の鬼怒川氾濫、平成27年の九州北部豪雨など、大きな水害が相次ぎました。

これら近年の水害の特徴は、事態の進展が早すぎて、気象情報や避難情報の発信から住民が避難行動を起こすまでの間に、被害が起きてしまうことです。これまで専門家は技術的合理性の考えに沿って、防災に関する情報伝達技術を開発し「正確な情報をリアルタイムで提供すれば、住民が自ら学習せずとも適切な防災対応行動をとれるはずだ」と考えてきました。一方の住民は、必ずしも「専門知による判断の肩代わり」を望んでいる訳ではなく、自分達が主体的に避難行動の判断を下せるような基準と、その根拠を学びたいと考えているのです。

それが、先生が気づかれた“ギャップ”というわけですね。どのような方法でギャップの改善に取り組まれたのでしょうか。

「技術的合理性に基づいた専門知の提供ツール」ではなく、「専門家と地域住民の省察的対話を促す地域学習ツール」の開発です。具体的には、映像による水位検知技術や、洪水シミュレーション技術を用いて、住民の「避難判断能力を養う学びのツール」という目的に適合するシステムの構築です。そしてさらに、専門家と住民が水害の避難に関する学びを深め合うため、それらを用いた“地域学習の場”を実験的に設置しました。

それでは、水位検知技術について具体的に教えてください。

まず、電力自律型の安価なセンサーを多地点に設置します。ちなみに、そのセンサーは特殊な水位専用のものではなく、汎用的な防犯カメラです。

防犯カメラで、水位の増減を正確に測れるとは思えません。

普通は、そう思いますよね。しかし、常日頃から地域の防犯・見守りとして多目的に使えることも兼ねているので、一石二鳥なのです。その防犯カメラから収集した映像情報をビッグデータとして逐次蓄積・解析することで、初めてこれを可能にしました。なお、映像から信頼度の高い水位を安定して検出するために、信号処理と深層学習に基づく特殊な「映像処理」アルゴリズムを使用しています。