権限の濫用を抑止する技術的・社会的しくみに関する研究
佐古 和恵 先生

早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 情報理工学科 教授

結果はいかがでしたか。

まず、ハイセキュリティなIT環境とローセキュリティなIT環境での回答を比較した結果です。どちらのグループも、選択的開示技術(特にUnlinkable SD)の導入によって同じように不安が減少しています。もともと不安の少ない環境にいる人も、Unlinkable SD技術の導入によって、さらに不安が減少することが示されました。

ハイセキュリティなIT環境に置かれた人に対しては、Unlinkable SD技術の導入による不安解消の効果が少ないという仮説(左図)は否定された

国による反応の違いはありましたか。

「権力格差を容認している国では、Unlinkable SDの機能があってもなくても不安度は変わらない」という仮説をおきましたが、それは否定されました。まず、「国の議論の結果、この技術が導入されることになった」と知るだけで、人々の不安が減ることが数値的に確認できました。さらに5か国とも、セキュリティ性の高いID証を導入するほど不安が減少する傾向が見られました。国ごとに分けて分析すると、有意差の出る箇所には多少ばらつきがありましたが、5か国で技術の効果の傾向はおおむね一致していました。ITは全世界で共通のサービスを利用するため、国ごとの文化的価値観の違いが現れにくい分野と考えられます。

5か国のアンケート結果の比較。米国以外では、Unlinkable SD技術の導入による不安解消の効果は明らかに現れた

先生の推奨しておられるUnlinkable SD技術が、デジタルID証の社会的受容性を高めることが確認されたのですね。今後は、どのような方針でご研究を進められますか。

Unlinkable SDに関しては、現在、デジタルID証のユーザーインターフェースの開発に取り組んでいます。少しでも早く、一般の人々にお届けしたいですね。

こうしている今にも、フィッシング詐欺などによって数えきれないほどの被害者が出ており、暗号研究者として「この技術を入れたらいいのに」と、もどかしい思いを抱くこともあります。しかし、「これはいい技術ですよ」という言葉だけでは信頼に足りません。技術の仕組みを理解してもらったうえで、納得して受容してもらうというプロセスを重視しています。

安心な社会を実現するためには、一般の方々からも「こういう技術が欲しい」と声を上げてもらいたいですし、法令整備をはじめとする行政からのアプローチも必要と感じています。今回の研究結果は海外でも高評価をいただいており、国内外の政策にも影響する成果が得られたと嬉しく思っています。これからも、良い技術を作って広めることを社会に提言していきたいです。

最後に、セコム科学技術振興財団の研究助成を受けられた感想を教えてください。

これほど多様な分野の専門家が集まる研究は、今回の助成がなければ実現しませんでした。当初は膳場先生と2人での共同研究を予定していましたが、審査員の先生から「もっと幅広い研究者と組むといいのではないか」とアドバイスをいただきました。そこで、経営情報学がご専門の深見嘉明先生、社会情報学がご専門の加藤綾子先生にも共同研究者となっていただき、憲法学がご専門の小川亮先生にはアドバイザーとしてサポートをお願いしたという経緯があります。バラエティに富んだメンバーで議論が深められたことが、大きな収穫に結びついたと感じています。

また、助成金は用途の自由度が高く、共同研究者の間で「ここには投資する価値があるよね」「これがあると研究が進むよね」と合意したら、その通りに使わせていただけるところが非常にありがたかったです。そのおかげで研究が推進でき、本当に感謝しています。

分野を横断した共同研究を行うなかで、同じ分野の研究者と話していては感じない世間とのギャップに気づかされる場面も多く、社会への普及を目指すうえでとても勉強になった

先生の開発されたUnlinkable SD技術が実用化され、IT社会における一般市民の安心・安全につながることを期待しております。お忙しい中インタビューにお付き合いいただき、ありがとうございました。