ELSI(Ethical, Legal and Social Issues)分野
現代の科学技術の方向性と評価のあり方を探る

小林 傳司 先生

領域代表者 
大阪大学 COデザインセンター
特任教授

一般市民の「科学は必ず不変の正解を提供できる」という常識を変えたい

日本では高校に進学した時点で文系と理系が分けられるため、中学で学んだ理科の内容が国民共通の知識であり、その後文系を選択した場合には、理系的知識は相当乏しく、偏ったものになります。しかも、そこで学ぶ理科は、もはや変わることがないと考えられる、かなり確実な知識で構成されているので「しっかり勉強すれば、化学も生物もテストで100点を取れるはず」という認識を持つことになってしまいます。

しかし、現実の科学はそうではありません。どんな問題についても科学が常に即座に正解を出せるというわけではありません。わからないことがあるから研究するのであり、研究を通じて、見解は訂正されていくのが科学の常態なのです。だから、コロナ禍を通じて、科学者の見解は2年前と現在で大きく変わりました。

ELSIは純粋に哲学のみを専攻してきた研究者には難しい。人社系の知見に加え、一定の理系知識のバックグラウンドが求められる

また、ヨーロッパでは当初、マスクの着用は「東アジアの奇妙な風習」と軽視されていました。しかし、急に科学者たちが「感染予防にマスクは必要である と意見を変えたため、市民から「最初の話と違う」と反発が起こりました。

また、イギリスは国際社会から「感染爆発を起こした国」 と認識されたことを受けて、感染症対策に関する検証委員会を設立しました。レポートでは、イギリス国内の科学者のみで感染対策を議論した結果、視野狭窄に陥っていたと指摘されています。海外で有効な対策が実施されていても、それに学ぶ姿勢に欠けていたと批判されています。今回のCovid-19の厄介さが表れています。どこの国も成功していないのです。科学という営みは人類の手にした最強の知的ツールですが、やはり限界と不確実性を伴うものなのです。このダイナミックな性格の理解が重要なのです。

私は理学部の出身ですが、実験科学者にはならず(なれず)、科学と社会の関係について研究する道を選びました。そのためには、理系と人文社会科学系の両方の知識と視点を持つ必要がありました。私の実感ですが、理工系の研究者の中には少数ながら、科学と社会の関係やELSIに興味を持つ人材が必ず現れます。日本の有望な大学の理工系にひとつ、科学と社会の関係やELSIを扱う研究室を設けておけば、少数派ではありますが継続的に関心を持つ学生が出てくるのではないでしょうか。

ELSIの研究者に期待すること

採択された4つの研究課題は、バイオテクノロジーやAI、個人情報など、喫緊の課題をテーマとするものばかりです。各分野の助成研究者の方々に特に重視してほしいのは「人社系の考え方をどのように理工系のリアリティに近づけていくか」です。研究者は放っておくと自分の専門分野に傾倒しがちです。それは議論を深めるために必要なことではありますが、ELSIに関しては常に、自分の言葉が研究現場に届く言葉であるかどうかを重視し、検討するべきだと思っています。


ELSIは多額の資金が必要となる分野ではないので、継続して議論し、人を育てていくことが蓄積になる