AI社会における人間中心の個人情報保護政策
宮下 紘 先生

中央大学 総合政策部 教授

アメリカやEUに比べて、日本は「人間中心」という言葉に対する姿勢が、まだ曖昧な気がします。

AI利用と個人情報の保護に関して、世界では主に3タイプの考え方があると言われています。消費者が自身のデータの扱い方を自由に選択するアメリカの市場解決型。プライバシー保護に厳しい基準を設けて安全性の高い技術の活用を進めていくヨーロッパ型。そして、国家が個人情報の収集・活用・管理を担う中国型です。

日本は、ビジネスではアメリカ型、個人情報保護の観点ではヨーロッパ型の考え方に親和性がありますが、どのような対応が望ましいのかは、まだ手探りの状態です。

技術開発者と消費者の双方でAI技術の活用に対するコンセンサスが確立されれば、どのような法律が必要になるのかは、おのずと見えてくるはずです。ELSIが倫理的(Ethical)、法的(Legal)、社会的課題(Social issues)の頭文字をとっていることからもわかるように、この議論は法律や倫理、社会規範、文化をも含めた学術的視野に立脚しなければいけないのです。

AI規制案とGDPRの背後にある「人間中心」の思想を探ることで、倫理、法律、社会、科学技術の各領域で分断された思想の架け橋となることを目指す

現在の個人情報保護法には、そうした視点や思想が希薄なのですね。

個人情報保護法は2020年と2021年の2回にわたり、GDPRの規制に合わせた改正が行われました。今後もヨーロッパの影響を避けることはできないでしょう。

その中で日本が議論すべきは「個人情報はなぜ保護されなければいけないのか」、「何のために個人情報を保護するのか」です。

個人情報保護法が守るべきものは、個人の人格的、財産的権利利益です。個人情報の保護は、そのための手段です。しかし、現在は個人情報を保護すること自体が目的であるという誤った考えが浸透しています。これは、何を守るのか、何のために守るのかという思想や哲学が伴っていないことが原因であると考えられます。

先生は普段から海外の研究者との交流が活発ですが、コロナ禍の影響が大きかったのではないでしょうか。

国際交流が一定期間遮断されてしまい、研究発表や会議はオンラインでの開催を余儀なくされました。現地に赴かなくても参加できることは利点でしたが、コロナ禍以前は、会議の前後に研究者同士の「立ち話」から、いくつもの新しい発見を得ていました。その環境がなくなったことは、大きな痛手でした。研究は一人で行うものではなく、他者の視点を取り入れながら進めていくものだということを、改めて実感しました。

最終年度になってようやく、海外の研究者数名に来日していただき、学内で研究会を開催することができました。多くの知見を得ることができ、良かったです。

最後に、特定領域研究助成の感想を、お願いします。

以前、挑戦的研究助成に採択していただいた際は、メンターの先生方からアドバイスをいただきながら研究を進め、最終年度にはシンポジウムを開催し、かなりの反響を得ることができました。研究者コミュニティの形成にもご支援いただき、継続的にセコム財団のもとで研究を続けたいという思いから、この特定領域研究助成に応募しました。

採択していただいたことはもちろん、年に一度、助成研究者が集まって研究報告を行う場を設けてくださったことも、感謝しています。毎年、たいへん有益な時間でした。異なる分野やバックグラウンドの先生が私と同じ言葉を使っていたり、考え方やアプローチで重なる部分があることに気づかされ、とても励みになりました。

挑戦的研究助成を受けていた頃は、学術界でAIという単語はほとんど出てこなかった。この数年でAIが社会問題として顕在化し、大きな変化が起きていると感じている

AI技術の進化と社会での活用が加速される中、個人情報の大切さを正しく認識し、データ活用の有用性とのバランスがとれた法律や仕組みが作られていくことを期待しています。お忙しい中インタビューにご協力いただき、ありがとうございました。