胎児組織研究に伴う倫理的課題に関する学際的研究―文献/実態調査と指針作成─
藤田 みさお 先生

京都大学 iPS細胞研究所 上廣倫理研究部門
特定教授

助成期間:平成31年度~ キーワード:iPS細胞 生命倫理学 再生医療 研究室ホームページ

2006年3月京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻博士課程修了、博士(社会健康医学)。2008年4月に東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野特任助教、2009年1月に助教に就任し、生体臓器移植および脳科学研究の倫理的課題に関するインタビューと質問紙調査に従事。2013年5月に京都大学 iPS細胞研究所上廣倫理研究部門特定教授、2018年4月に特定教授に就任し、現在に至る。自由診療の再生医療に関する実態調査やiPS細胞技術に伴う倫理的課題の研究に取り組む。京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)特任教授も兼任。

まず、先生が生命倫理学について研究されるようになったきっかけについて教えてください。

私はもともと臨床心理士として働いていたのですが、勤務する病院にがん患者の方が多く通院・入院されていました。そのため、終末期の意思決定や病気の告知、インフォームド・コンセントなどに関わる機会が非常に多かったのです。そこから医療倫理や生命倫理に関心を持つようになり、当時開設したばかりの京都大学医学研究科社会健康医学専攻に進学し、社会健康医学で博士号を取得しました。

その後、東京大学大学院医学系研究科での助教としての務めを経て、2013年に現在のiPS細胞研究所に着任しました。これをきっかけに、iPS細胞をはじめとする幹細胞の基礎研究や再生医療の倫理的課題について、研究するようになった次第です。また、2019年からは前年に開設した京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)の特任教授も兼任しています。

心理学を専攻する中で習得した質問紙調査やインタビュー法などの社会科学的手法が、現在の生命倫理学の研究にも役立っている

現在、先生は胎児組織研究に伴う倫理的課題について研究されています。胎児組織を用いた研究は、iPS細胞技術とどのように関係するのでしょうか?

iPS細胞は、さまざまな組織や臓器の細胞へと分化させることができます。精子や卵子などの元になる細胞を作出することも可能になりました。より成熟した精子や卵子へと発生する過程をつぶさに観察することが可能になれば、不妊症や遺伝性の疾患などの原因解明や予防法・治療法の開発にもつながる可能性があります。ただし、そのためには、現在のところ中絶した胎児の精巣または卵巣の細胞とともに培養する必要があります。

しかし日本では、iPS細胞などのヒト多能性細胞から精子や卵子を作製することは研究指針で認められていますが、胎児組織の研究利用に関する明確な法規制や指針は存在しません。何が正当な手続きなのか、統一されたルールがない状態のまま、胎児組織の研究利用が既成事実化していることに対しては、批判の声もあがっています。

2000年代前半に胎児組織を用いた臨床研究について行政指針に盛り込む動きがあったが、横浜のクリニックが中絶胎児を一般ごみとして違法廃棄していた事件が報じられたことを一つのきっかけに中断された

胎児の組織を研究利用することには、さまざまな問題があると思いますが……。

はい。そもそも、死亡した胎児は研究に利用してよい存在か、という問題がありますし、中絶する女性から提供の同意を得るタイミングや、その際に求められる配慮など、慎重に検討すべき問題がたくさんあります。

もちろん、科学の進歩や医療の発展、人類の福利のために必要な研究は行うべきです。しかし、倫理的に問題があるような研究はストップをかけなくてはなりません。両者を区別し見極める判断の拠り所が必要となります。

そこで、胎児組織を用いて研究に取り組む過程で、研究者や組織提供に関わる医療機関や医療従事者、施設内倫理審査委員会が踏むべき手続きや、検討および遵守すべき事項を明確化したいと考え、現在の研究に取り組みました。

最終的には、胎児組織研究を実施する際に、研究機関や研究者が遵守すべき指針や、指針の学術的根拠をまとめた報告書を作成したいと考えています。加えて、胎児組織の提供者からインフォームド・コンセントを得る際、説明文書に書くべき項目の明確化にも取り組む予定です。国や関連学会が将来的に胎児組織の研究利用のルール策定に取り組むときに、基礎資料として役立てるのが目標です。

幸い、私が所属している研究機関には、世界でトップレベルのライフサイエンス研究者が所属しており、意見交換を密に行うことが可能です。また、本研究の成果を研究現場に迅速にフィードバックすることも目指しています。