ELSI(Ethical, Legal and Social Issues)分野
最先端科学技術の社会的・倫理的・法的側面

藤垣 裕子 先生

領域代表者 
東京大学 大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 広域システム科学系
教授

議論の目的は「同じ問題を繰り返さない」こと

日本でも、東日本大震災における原発事故をきっかけに専門家に対する信頼の低下がおこり、科学技術に対する市民参加に関心が高まってきたのは確かです。しかし、実際に自分が経験していない事象には、人は無関心です。もし私のような専門家が、皆さんにELSIの重要性を説いたとしても、翌日からELSIの議論を始める人が増えるわけではありません。また、市民が能動的であったとしても、研究者に「ELSIは研究を妨げるものだ」と誤解されてしまったら、議論は前に進みません。

研究者と市民を媒介する人材も必要です。東京大学では、黒田玲子先生(東京大学名誉教授)のご尽力により、2005年から科学技術インタープリター養成プログラムが発足しました。科学技術インタープリターとは、専門知識を保有した研究者でありながら、科学と社会の接点について考えることができる人材のことです。彼らの存在が、専門家のELSIに対する能動性を高めてくれることを期待しています。市民に対して科学技術社会論への参加を促す人物は、高校の理科の先生や、科学博物館の学芸員なども含まれますが、今後はより広くそのような役割を果たす人が必要となるでしょう。

一概に「科学技術のガバナンスに対し、市民も研究者も能動的に参加せよ」と言うのは簡単ですが、ただ単に参加すればよい、科学リテラシーを身につけてもらえばよいというものではありません。「誰が」「どのような方法で」「何を目的として」参加するのかを明確にし、互いに誤解なく議題に向かう必要があります。ELSIの目的は研究を止めることではなく、「同じ過ちを繰り返さないための議論を行う」ことだからです。

日本のELSI分野をリードする財団へ

現在は国内の政府系大型研究ファンドなどにおいて、すでにELSIの知見が蓄積されている分野から、そのような蓄積がまだ存在しない分野への適用が可能か否か、検討が進められています。

しかしセコム科学技術振興財団は動きが早く、他のファンドではまだ領域が設定されていないような新しい分野への助成も積極的に行っています。おかげで私たち研究者は、一歩先んじて研究を進められるというメリットを享受しています。

これまで日本では科学技術の社会的問題はTVを騒がせるだけで終わりだったが、
今後はRRIの概念の元に知見の蓄積が必要

たとえば、本領域の採択研究者である見上公一先生(慶應義塾大学専任講師)は、この研究助成に採択されたことが実績として認められ、英国と日本の二国間をまたいだ国際ワークショップの開催へと繋がりました。会議では「現場の研究者が、研究の初期段階でRRIに対する意識を持つこと」が、課題のひとつになるでしょう。

私も見上先生とともに会議に出席しました。先方からの同意が得られれば、その成果を日本でもシンポジウムなどの形で公開できるかもしれません。このような社会的重要性の高い研究領域に対する助成制度ができたことは、日本の科学技術の発展にとって大きなメリットだと思います。これを期に、セコム科学技術振興財団という枠組みを通して、より一層ELSIの議論が活性化することを期待しています。