
神奈川県立保健福祉大学 ヘルスイノベーションスクール設置準備担当 教授
再生医療等製品に関するコストの構造は重要ですが、一方で社会がイメージする効果の程度や、そのために受容できる金額はどの程度か、ということもあまり知見は得られていません。そこで、ざっくりとその程度を理解するために、EuroQolグループが開発した、EQ-5D方式による質問紙調査を実施しました。
簡単な質問により構成される自己記入式の質問紙で、質問の答え方によってQALY(Quality-adjusted Life Year:質調整生存年)が算定されます。
QALYでは、治療が必要ない、完全に健康な状態で1年、人間が生存したことを1と定義します。例えば、少し調子が悪い1年間を過ごしたとすれば、0.8、というような数字の出し方です。つまり、50年間、完全に健康な状態を過ごした場合は、50QALYになります。
QALYを元にコスト試算を行い、特定の疾患を対象とした医療経済評価モデルを確立します。対象としては、3つの再生医療等製品(ヒト自己表皮由来細胞シート、ヒト同種骨髄由来間葉系幹細胞、ヒト自己骨格筋由来細胞シート)を想定し、それぞれの評価モデルを構築、増分費用効果比(Incremental Cost-Effectiveness Ratio:ICER)から、適正価格について試算を行う見通しです。
再生医療に限らず、遺伝子治療をはじめとする他の先進医療についても、社会とどのようなイメージを共有するのか、専門家だけで決めてよいものではありません。今回の研究を一例として、他研究にも知見を活用してもらいたいと考えています。
先に述べた通り、再生医療のようなものに関しては企業が監督官庁に物申す、ということがし辛い状況にあり、それほど存在感がある訳ではありません。価格決定プロセスの出口に近づくにつれて増してはきますが、まだその段階までたどり着くことのできる製品が少ないのが現状です。
イニシアチブをとることによる価格調整については、広い意味では日系か外資か、という形になるでしょう。例として、iPS細胞を作製する際、国内では「山中4因子」によるイメージが強いのですが、製品レベルではセルラーダイナミクス社(Cellular Dynamics InternationaI:CDI)の手法も採用する企業も少なくないと考えられます。そうしたところでも今後の競争は激しくなるかもしれません。
こうした課題が見えてくると、TLO(技術移転機関)のところであまりに強調されてしまうため、研究者には「特許さえ取ればあとは産業の仕事」「特許が全て」と思われるかもしれません。必ずしも「勝つ」ことが正義ではないですが、基礎研究を支えるという意味でも、学術界、内閣府、産業界、そして一般の人々がコミュニケーションを十分にとりながら方向性を考え、技術のイニシアチブをとることが国にとっても、そして新しい医学にとっても利益に繋がると思います。
科学技術の各分野において、国際競争に負けないためにも、まず学術界の人間も積極的に動いていく必要があります。この点においても、セコム科学技術振興財団にいち早くご支援いただけたことは非常にありがたく、深く感謝しています。