効率的な再生医療の提供に向けた政策課題解決のための研究
八代 嘉美 先生

神奈川県立保健福祉大学
ヘルスイノベーションスクール設置準備担当 教授

助成期間:平成29年度〜 キーワード:幹細胞生物学 科学技術社会論 研究室ホームページ

2009年東京大学大学院医学系研究科博士課程 病因・病理学専攻修了。博士(医学)。同年、慶應義塾大学医学部生理学教室・総合医科学研究センター特任助教を経て、2012年に同大学総合医科学研究センター幹細胞情報室特任准教授となる。2013年に京都大学iPS細胞研究所上廣倫理研究部門特定准教授、2018年に神奈川県立保健福祉大学ヘルスイノベーションスクール設置準備担当教授となり、現在に至る。再生医療・幹細胞研究に関する正確な知識を基盤としながら、そのコストや政策動向・社会意識・コミュニケーションなどを研究している。

科学技術社会論に興味を持たれたきっかけについて、教えてください。

大学院在籍時に、指導教官だった中内啓光先生と一緒に『再生医療のしくみ』を出版したことです。その頃、ES細胞の倫理的課題がよく議論されていました。ES細胞は受精卵内の胚盤胞から内部細胞塊を取り出し、それを培養することで作られます。これは分化万能性を持ち、現在のiPS細胞のように、再生医療に用いることができます。しかし、ES細胞は「生命の萌芽を壊す、倫理的に問題のある技術である」と指摘されています。生殖医療によって体外受精で作られ、なおかつ子宮に移植されることのない受精卵をもとに、提供者の同意を得て樹立されます。実際にはヒトとして生まれてくる可能性はないものなんです。

同様に、ヒトクローンを使った人間への臓器移植が可能になるかもしれないという説も話題になりました。

そうですね。患者のクローンを作って臓器を移植すれば、拒絶反応のない移植ができるというものですが、実際に人間が使用できる臓器の大きさにしようと思えば長い年月を要するわけで、こうした試みは非現実的と言えます。

このように、再生医療の倫理的問題に対する議論は、実現の可能性のないところまでイメージが進み、そのイメージに対する規制まで考えられているため、再生医療の現場とはほど遠いイメージだけで議論が行われています。私はこの状態に、強い違和感を覚えました。

そこで、専門外から研究に対する議論をするだけでなく、再生医療の専門家として知見を有する者が議論に参加することが、研究の倫理的課題をより実効性のあるものにするのではないかと考えたのです。

再生医療の倫理的問題が、実現の可能性のないイメージによって議論されていることに違和感を覚えた

現在、再生医療分野と社会との関係では、どのようなことが議論されているのですか。

これまでは、倫理や法的側面についての議論が多数を占めていました。しかし「技術として期待されていても、現在なにができるのか、どの段階まで進んでいるのか」について、ご存知ない方がほとんどだと思います。

私はこの現状に問題意識を感じていました。というのは、そうした知識と期待とのギャップに悪意がつけ入る可能性もあるからです。

また、再生医療を受療する際の費用について「あまりに高すぎるのではないか」という指摘があります。もし、その価格が治療効果に見合わなかったり、あるいはあまりに高ければ保険適用外となる可能性もあります。そうすれば、社会は何のために研究に大きな支援をしているのか、という話になりますね。

実際のところ、国内の科学研究費の8割は、公的な資金です。つまり官僚や政治家の采配、その背景にいる一般人の世論によって、研究費の配分が決定されると言っても過言ではありません。

一般人の期待が失われることは、研究が進展しなくなることにつながりかねません。そうなると、本来であれば治せたはずの患者に、治療が行き届かないという事態が発生しかねません。それは遺失利益とも言えます。

では、再生医療の価格を押し上げている構造は何か。いろいろなことが指摘されていますが、どの要因が大きいのかということについて、きちんと調べられてはいないことに気づきました。再生医療の現場の視点も取り入れつつ、そうしたものを整理することで、社会と専門家の両者に寄与できると考え、今回の助成申請に至りました。

それで、再生医療のコスト構造について調査を開始した、ということですか。

日本の薬価算定制度は、基本的には類似した効果を持つ薬品と比較して価格を設定します。しかし、再生医療等製品のような、新規性が高く比較対象がないものもあります。たとえば、心筋梗塞の治療に使うハートシートでは、心臓移植や人工心臓くらいしか比較対象がないんですね。そのため、こうした場合は“原価積み上げ方式”といって、薬品を市販し、患者の手元に届くまでの経費を積み上げる方法で計算されるのです。