ハイブリッド・メディア空間でのリアルタイム・テクノロジーアセスメント技術の開発
田中 幹人 先生

早稲田大学 大学院 政治学研究科 ジャーナリズムコース
准教授

助成期間:平成29年度〜 キーワード:科学技術社会論 ソーシャルメディア研究 機械学習
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2003年東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系修了。博士(学術)。2003年から2005年まで国立精神・神経センターに流動研究員として勤務。2005年に早稲田大学政治学研究科の科学技術ジャーナリスト養成プログラム助手、2010年に同ジャーナリズムコース准教授となり、現在に至る。

研究タイトルにある「ハイブリッド・メディア空間」とは、何でしょうか。

かつての「メディア」は、新聞やテレビなどのマスメディアがニュースを報道し、大衆がそれを受け止めるという、一方向的なものでした。しかし情報化が進んだ現代では、ニュースを受けた大衆は自分の感想をSNS(Social Networking Sites)に投稿したり、他人の意見にコメントを発信するなど、専門家・非専門家を問わず任意の相手との双方向コミュニケーションによって、そのニュースに対するイメージや評価を形作っています。

特に、これから社会に大きな影響を与える萌芽的科学技術(社会に新たに登場した、または登場しようとしている技術)が世に発表されたときは、研究者や評論家、政治家などの専門家が積極的に自身の見解を発信し、多様な議論が展開されます。これが「ハイブリッド・メディア空間」です。

なぜ、インターネット上の議論に着目したのですか。

SNSの普及により、人々は「より幅広い情報収集が可能な環境」を手に入れましたが、一方で「自分と近い意見を持つ相手のみと交流することで視野が狭まり、異なる見解を受け入れなくなる」傾向が強まり、コミュニティの分断が進んでいます。

先端科学技術が社会に埋め込まれるときに起こりうる倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の議論は、技術開発とともに進められることが望ましいと考えていますが、特定の意見に固執し、意見の相違に対する寛容さが薄れた状態では、健全かつ建設的な議論は望めません。

確かに、ネット上の意見は偏った見方や、過激なものが多いイメージがあります。

かつて日本は「臓器の移植に関する法律」の制定にあたり、起こりうるリスクについて盛んに議論がなされました。本人の臓器提供の意思だけではなく、事前に意思表示をしていなかった場合や、制度を正しく理解できない子どもの場合、遺族の心情など、複雑な問題を包含していたためです。

最近では、個別医療の実現に繋がる「遺伝子検査」が、遺伝子差別という新たな社会問題を生むと言われています。また、人工知能(AI)による車やバスの「自動運転」も、責任の所在について意見が分かれています。

しかし、どれほど複雑な問題でも、議論の進展とともに論点は絞られ、単純化されていきます。最終段階ではどうしても「賛成か、反対か」の二択となり、倫理的な問題よりも社会的・政治的な視座が重視されるようになってしまいます。だからこそ、萌芽的科学技術に対するELSIの議論は、問題が顕在化する前、つまり「何が問題なのか?」を模索している段階のイメージや議論を把握することが重要なのです。

しかし「AIによる自動運転」の何が問題になるのか、専門知識を持たない一般人が意見することは、難しいと思います。

それでは、運転手を必要としない完全自動運転車用のAIが開発され、普及した世界を想像してみてください。

「自動運転車用のAIは、人間のドライバーのような運転ミスをしない」が常識になった社会で人身事故が発生した場合、果たして人々は、AIのバグや誤作動の可能性を考えるでしょうか?もしかしたら、被害者の人間に「道路を無理に横断したのでは?」「自分から車にぶつかりに行ったのでは?」という疑念を抱くかもしれません。

完全自動運転車用のAIは、運送業における運転手不足や、高齢ドライバーによる交通事故などの社会問題を解消してくれるでしょう。その一方で、自動運転の安全性が高く評価されるほど、私たちの「交通事故」に対する意識が大きく変容する可能性があるのです。

人間は二分法的な思考を排除することはできないが、社会的な分断や差別の発生は防がなければならない

「車は安全運転をしている、撥ねられた人間のほうが悪い」……交通事故がそのように捉えられる社会は、考えたこともありませんでした。

科学者や専門家の多くは「一般の人々は萌芽的科学技術に関する知識がなく、社会への影響についても予想できない」と考えています。しかし、この後ご説明しますが、専門家とは異なる視点で、科学技術が社会に与える影響について真剣に論じている人々は存在します。その意見が、専門家に届いていないだけなのです。

そこで本研究では、ハイブリッド・メディア空間における萌芽的社会技術の議論を抽出し、ELSIの予備的議論として位置付ける「リアルタイム・テクノロジーアセスメント(Real-Time Technology Assessment : RTTA)」の構築を実現する技術の開発を行っています。

ハイブリッド・メディア空間を対象としたリアルタイム・テクノロジー・アセスメント(hmRTTA)システムの開発