
企業や公的機関内で積極的に議論できる市民」の、2種類の人材を育成する必要がある
慶應義塾大学 理工学部 外国語・総合教育教室
専任講師
先ほどもお話ししたように、WP②では、特に米国のSTS研究者が実施してきたヒトゲノム計画・ナノテクノロジー・合成生物学といった領域に関するELSI研究の内容について、文献調査や場合によっては直接訪問することによって理解を深めていきます。
WP③ではゲノム医療と人工知能の各領域における論点の抽出と整理を行い、関係するステークホルダと議論をするための研究会の開催を計画しています。それぞれの領域で議論されてきた内容を比較することで、お互いに「欠けている議論」を洗い出すことができると考えており、そのような視点をその後のデータ収集にも反映させるつもりです。合宿については、今年は吉澤先生にホストになっていただき、オスロ都市大学で「責任ある研究とイノベーション」をテーマに、研究者との議論の場を設ける予定です。
WP④については、私が現在DIYバイオについての予備調査を行っている段階です。
DIYバイオの現場が無法地帯になっているのかというと、そうではないことがわかりました。お互いに監視や助言をするという個人的なつながりを通じた自主的な活動が見られるため、研究のガバナンスについて学ぶ点が多いという意見もあります。この点は引き続き調査を進めていく予定です。
最終年は、それまでの成果を社会に発信し、いただいた意見をフィードバックさせて、ELSIの今後のあり方についてさらに議論を深めていきたいと思っています。そのためにゲノム医療と人工知能の両領域を横断するテーマを掲げた合同のワークショップも計画しています。
ELSIは最先端の科学技術を議題として扱うため、文系の専門家が関与を戸惑う傾向があっても不思議ではありません。しかし、私も専門性で言えば文系ということになりますが、本研究を主導する立場にありますし、学びながら関わっていくという姿勢です。また、もし理系の研究者であったとしても、隣にいる他の分野を専門とする研究者の研究内容を完全に理解できる訳ではないということも事実です。「文系の人でも科学技術に関する議論に参加することに意味があるのだ」という認識が広まって欲しいと思っています。
一方で、理系の研究者、とくに若手の研究者は、自身の研究を進めるだけで手一杯の状態にあり、なかなかELSIのことまで考えたり、その議論の場に参加する余裕がないように感じます。研究成果を出すことへのプレッシャーはとても大きなものです。しかし、そのような状況にあっても、科学技術と社会との関わりを意識し、人文系の専門家がELSIに関わる活動を行う際には、その目的に賛同して積極的に関わってくれる科学者や研究者を育成することが必要だと考えています。また、卒業後に研究者にならず企業に就職する人にも、最先端の科学技術と自社の経営理念、社会のニーズなどをうまく調整し、企業内で提案や議論ができる能力を身につけてほしいと思っています。