シミュレーションに基づいた人になじむ
社会システムの設計支援:
次世代交通の法規範設計を例として
服部 宏充 先生

立命館大学 情報理工学部 教授

助成期間:平成30年度~ キーワード:マルチエージェントシステム 
交通シミュレーション 社会シミュレーション
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2004年3月名古屋工業大学大学院工学研究科電気情報工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。同年日本学術振興会特別研究員(PD)、リヴァプール大学計算機科学科客員研究員、2006年1月にマサチューセッツ工科大学スローン経営大学院Center for Collective Intelligence客員研究員となる。2007年4月に京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻助教となり、大規模マルチエージェントシミュレーションおよび参加型モデリングの研究を開始。2014年4月には立命館大学情報理工学部に移り、准教授としてさらに社会システムデザインの研究にも取り組む。2020年4月に同学部教授となり、現在に至る。

最初に、先生がご研究されているマルチエージェント社会シミュレーションについて教えて下さい。

人工知能の一分野として、マルチエージェントシステム(Multi-Agent Systems:以下、MAS)があります。MASでは、人間のような自律的な意思決定の主体を、知的ソフトウェアである“エージェント”として個々にモデル化します。

これら複数のエージェントによる相互作用の連鎖を計算することによって、複雑な集合現象のシミュレーションを可能にする技術が、マルチエージェント社会シミュレーション(Multi-Agent based Social Simulation:以下、MASS)です。株式市場の挙動予測や、このコロナ禍での感染予測やワクチン接種の効果検証など、人間社会で起こる現象を再現し、新しい社会の制度やシステムの分析や検証などに活用することが可能です。

先生はいつごろから、MASSの研究を始められたのですか。昔からコンピュータや仮想実験などに、関心をお持ちだったのでしょうか。

私は高校生のころから、物理学などで出題される「仮定を設けて思考実験を行う」タイプの問題に取り組むことが好きでした。現実離れした仮定が設けられていても、その映像を頭に浮かべることが面白かったのです。それが、現在のMASS研究に繋がっていると思います。

コンピュータには早くから関心を持っていましたが、大学生になってから、様々なプログラミング言語を使った演習に熱心に取り組んでいました。その演習で今でも覚えているのは、自由課題で作製した、複数のルールベースシステムが意見を出し合い、ある問題に対して決定を下すというプログラムです。技術的に甘い部分がありましたし、画期的な結論を出せたわけではありません。それでも、自分が作製したいシステムのイメージが、このときに掴めたように思います。

その後、MASを専門とする研究室に入り、エージェント同士が交渉し、グループの意思決定を支援するテーマに取り組みました。自由課題で掴んだイメージが研究テーマに繋がり、興味を持って研究に取り組むことができましたし、MASという研究分野の可能性を感じました。

私は昔から「人間が難問に直面した際、参考意見を出して、意思決定を助けてくれるコンピュータ」を作りたいと考えていました。そのイメージにも合致したため、MASの分野でテーマを少しずつ変えていきながら、現在に至るまで研究を続けています。

SF映画やアニメには、演算を行うことで、人間の意思決定を助けるコンピュータが登場する。そうしたコンピュータを作りたいという気持ちが、現在のシミュレーション研究にも繋がっている

先生のご専門は交通分野におけるMASSですが、検証の対象になるのは、どのようなことですか?

道路ネットワークや道路の広さを変えたり調整した際に起こる、交通量の変化などです。たとえば、京都市・四条通で実施された歩道拡幅・車線減少に関連して、片側2車線を1車線に削減した場合の周辺への影響について、MASSにて検証しました。

その他には、各家庭の太陽光発電の余剰電力を流通させる手段として、電気自動車を活用した場合のシミュレーションを行ったこともあります。

また、社会に大きな影響を与えると考えられる「新しい技術」の実装には、その影響を制御する新しい法律が必要となります。しかし、新しい技術ですから、従来の経験則的な立法プロセスでは対処できません。

そこで、MASSの出番です。たとえば、AIを組み込んだ自動運転車が社会実装された時の影響をMASSで予測し、それを制御する法律を考案して、その法律の効果をさらにMASSで予測する。これによって、最適な法制度の設計を支援することができるのです。