南海トラフ地震の事前情報発表時における組織の対応計画作成支援パッケージの開発
福島 洋 先生

東北大学 災害科学国際研究所 災害理学研究部門 准教授

助成期間:平成30年度〜 キーワード:南海トラフ地震 南海トラフ地震臨時情報 固体地球物理学 地殻変動 活断層 研究室ホームページ

2000年3月、東北大学大学院理学研究科修士課程を修了。包括的核実験禁止条約機構に波形アナリストとして勤務した後、フランスのパスカル大学に留学、2005年12月に基礎科学研究科宇宙科学専攻にて博士号(火山学)を取得。京都大学防災研究所助教、スタンフォード大学地球物理学科客員研究員(JSPS海外特別研究員)を経て、2014年から東北大学研究推進本部URAセンターに主任リサーチ・アドミニストレータとして従事。2016年9月に東北大学災害科学国際研究所准教授に着任し、現在に至る。

まずは、先生の研究テーマについて教えて下さい。

私はいま、30年以内に80%の確率で発生すると言われている“南海トラフ地震”を研究しています。ただし一概に地震の研究といっても、さまざまな分野が存在しています。GNSS(GPS)のような最新の測定技術を駆使してミリ単位の精度で変動を観測し断層の状態を研究するような分野もあれば、「安政○年○月○日丑の刻に、大きな揺れがあった」というような古い文献の紐解きをする歴史地震学の分野もあります。

いま私がやっている研究は、その中でも多少異色のものになります。最近、南海トラフ地震が起きる可能性が普段より高まった際に「南海トラフ地震臨時情報」が発表される仕組みができましたが、社会がこの臨時情報にうまく対応し、被害軽減につなげるためには、様々な課題があります。私たちは、社会の動きに大きな影響を及ぼすような地方自治体や公共機関、一部の企業などの組織のことを「キー組織」と呼んでいますが、これらの組織がうまく対応できれば、社会全体でもうまく対応できるのではないかという考えのもと、キー組織が実効的な対応計画を作成するために役立つような知見の提供やツールの開発を目指しています。

地震の研究には多様な分野があり、地震のときに発生する隆起の記録から、地震の再来間隔を推定する手法も存在する

どのような点が、課題なのでしょうか。

この「南海トラフ地震臨時情報」は、防災対応を取るのが難しいタイプの情報です。地震発生の可能性が普段より高まったと言われても、どの程度高まったのかはよくわかりません。地震学者にもはっきりとはわかりませんが、ただ、地震学者は、頭の中にだいたいの相場感のようなものを持っています。そのような相場感は、落ち着いて適切に対応するために重要だと思っています。

また、臨時情報に対して取りうる選択肢はひとつではありませんので、対応の仕方にも幅があります。たとえば、鉄道が運休することになっているのに、学校が通常通りに授業を開催することになっていたら、混乱するでしょう。つまり、社会全体でうまく対応をするためには、組織間の足並みが揃っている必要があります。

政府は臨時情報対応のためのガイドラインを公表していますが、実際に地震が発生した場合は、ガイドラインが想定する通りにはいかないかもしれませんし、組織の種類や状況等によって対応が必要な事項は変わってきます。そのため、様々な可能性に対応できる計画をつくっておくことも重要だと思います。

国は、どのような情報を発表するのですか。

南海トラフ地震の“トラフ”とは“溝”という意味で、南海トラフの溝は、静岡県から九州の宮崎県にわたる地域の太平洋沖合にあります。この溝からのプレートの沈み込みにより発生するM8以上の巨大地震が、南海トラフ地震と呼ばれます。南海トラフ地震に対して防災対応を取るべきケースとして、(1)半割れ、(2)一部割れ、(3)ゆっくりすべりの3つが想定されていて、いずれかのケースに該当する現象が観測されたら、南海トラフ地震臨時情報が気象庁から発表されることになっています。

(1)の半割れとは、震源域と考えられている領域の半分を破壊するようなM8以上の南海トラフ地震が発生したケースです。過去には、このような場合に、30時間あるいは2年の時間差を置いて別の巨大地震が発生し、残りの半分の震源域を破壊したことが知られています。過去の例から見ても、最大級の警戒が必要なケースということになり、この半割れケースでは、「巨大地震警戒」という種類の臨時情報が発表されることになっています。

(2)の一部割れとは、M8まで大きくはないものの、想定震源域内でM7クラスの地震が発生したケースのことであり、「巨大地震注意」という一段階レベルが低い臨時情報が出ます。

(3)のゆっくりすべりとは、想定震源域の近くで普段は見られないような、異常なほどゆっくりとした断層のすべりが起こったケースです。想定東海地震の前に検出できる可能性があるとされていた「前兆すべり」は、このゆっくりすべりに含まれます。ゆっくりすべり自体は、体に感じるような揺れや、被害を生じさせませんが、2011年の東日本大震災を引き起こした超巨大地震の前に発生していたことを東北大学の研究チームが突き止めるなど、近年、巨大地震との関連性が注目されています。このような背景のもと、ゆっくりすべりケースでも「巨大地震注意」の臨時情報が出ることになっていますが、ただ、巨大地震との関連性は未解明な部分が多いです。

南海トラフ地震臨時情報が発表される3つのケース(内閣府「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)の概要」に加筆)