深層生成モデルを用いたマルチモーダルからの共通特徴量空間の同定
清田 純 先生

理化学研究所 生命医科学研究センター 総合ゲノムミクス研究チーム チームリーダー

先生が深層学習の研究を始めた経緯について、教えて下さい。

私は医学部を卒業後、心臓血管外科医として患者さんの治療にあたっていました。再生医療が現実味を帯びてきたため大学院に入り、ちょうどiPS細胞が世の中に登場した2006年に、アメリカに渡ってスタンフォード大学のポスドクになりました。再生医療では「細胞」を用いるため、医師として再生医療を行うなら、細胞の仕組みを正しく理解する必要があったためです。

ちょうどこの頃、iPhoneが発売され、TwitterやFacebookがサービスを開始しました。2006年は人々がインターネット上に自分の言葉を発信し始めた1年目であり、その中心となっていたのがシリコンバレーだったのです。

このころ、医学分野でも技術革新が起こり、数千の細胞から2万個の遺伝子情報を、1回の測定で取得できるようになりました。データ不足の問題が、一転して「膨大なデータをどのように処理するべきか」という問題になりました。

このとき、指導していた学生から「大きなデータを扱うなら、線形代数などの数学の知識が必要ですよ」と言われ、教科書を手渡されました。確かに、人間が2次元以上のことを理解するには、数学や機械学習の勉強が必須だったのです。

医科大学で機械学習の勉強をするのは大変だと思うかもしれませんが、幸い、私は学び始めるときにスタンフォード大学にいました。医学部の隣に工学部があり、数学やコンピュータサイエンスに詳しい学生がたくさんいる環境だったからこそ、ここまで来ることができたのだと思います。

外科医として再生医療を行うために、機械学習は必須だったのですね。

私は「AI分野の進化のスピードは、医学や生物学分野よりも7倍速い」と思っています。

医学の研究者は、何らかの成果が出たときに論文を知名度の高いジャーナルに提出して、採択されることを目指します。一方、AIの研究者は年に3回開催される大規模な学会に論文を提出し、採択されることを目指します。つまり年に3回、論文の締切と査読期間があるのです。進化のスピードが速いのは道理です。

私はこの2分野を行き来して研究を進めているため、相手分野のことをなかなか理解してもらえないことが悩みでもあります。

細胞を用いた再生医療を責任をもって行うためには、まず細胞のことをきちんと理解する学問が必要であり、やるべきことを一つずつ進めている最中

医学とAIの2つを専門分野に持つ人材育成は、難しいのでしょうか。

いいえ、今の10〜20代の若者は、当たり前のようにコンピュータでプログラムを組むことができます。そのため「コンピュータに詳しく、健康や医学にも興味がある」という人材が増えているのです。私の研究室にも、医学だけではなく、コンピュータサイエンスを専門とする学生がいます。

日本で高校から大学の医学部に進学するためには、数学を含めた5教科すべてが一定レベルに到達している必要があります。つまり医学部には「数学が一番得意」という学生もいるのです。そんな彼らに好きなように研究をさせるだけで、医学部におけるこの分野は自然と盛り上がっていくと考えています。

最後に、特定領域研究助成に申請した理由と感想をお教えください。

3年前も現在も、AIと医学の中間に位置する研究を対象とした助成制度はなく、応募する際にはどちらかに寄せた研究計画を作る必要がありました。

そのような中で、ChatGPTのような具体例が存在せず、実を結ぶかどうかもわからないチャレンジングな研究に窓口を開けてくださったのがセコム科学技術振興財団でした。医用AIの研究をされている川上英良先生が平成29年に採択されていたため制度の存在は知っていましたが、私の研究もAIと医学のど真ん中の内容で採択していただき、本当に嬉しかったです。

研究費の助成はもちろん、選考委員の先生から毎年鋭いご意見を頂戴できるため、研究者としてたいへん良い刺激になりました。また、意見交換会では他の採択者の方々から具体的なアドバイスをいただき、狭まっていた視野が一気に広がった気がします。

医学分野において、要素的な研究は一定の水準まで到達しました。この先の発展には、幅広いデータを用いた多階層の取り組みが重要です。助成していただいた本研究を進めることで、多階層の生命医科学を可能とする基盤技術の確立を目指して参ります。

研究室には多彩な専門性を持つ研究者・学生たちが集まり、その半数は学部生。彼らは放課後のクラブ活動のように日々データ解析の試行錯誤を繰り返し、自由に研究している

難しい内容をわかりやすくご説明いただき、ありがとうございました。先生のご研究によってAIの進歩が医学分野の技術革新に繋がり、発展していくことを願っております。