ラマン散乱光スペクトルによる遺伝子発現予測/推定技術の開発
渡邉 朋信 先生

理化学研究所
生命機能科学研究センター 先端バイオイメージング研究チーム
チームリーダー

助成期間:平成29年度〜 キーワード:ラマン散乱光スペクトル 遺伝子発現予測 研究室ホームページ

1999年大阪大学基礎工学部システム工学科卒業後、大阪大学大学院に進学し、2004年に博士後期課程基礎工学研究科システム人間系生物工学専攻を修了。博士(理学)。
東北大学先進医工学研究機構助手、科学技術振興機構さきがけ研究員、大阪大学免疫学フロンティア研究センター特任教授を経て、国立研究開発法人理化学研究所に赴任、現在に至る。

先生のご専門は「生物物理」という学際分野ですが、大学でシステム工学科を卒業された後、なぜこの分野に進まれたのですか。

私が大学生のころ、システム工学は人気が高い学問分野でした。そのため「近いうちにシステムエンジニアは供給過多の状態になるだろう」と考え、企業に就職する時にそれ以外の道を模索し、バイオロジー分野で「計測の専門知識を持つ人材」が不足していることを知ったのです。

バイオロジー分野に興味が湧いた私は、全国のさまざまな研究室に足を運んで見学させてもらい、最終的に大阪大学の柳田敏雄教授(現:特任教授)の研究室に入ることを決めました。

決め手となったのは、タンパク質の分子が動いているところを実際に顕微鏡で見せてもらったことです。それまでタンパク質がどういうものか、多くの先生方からお話を聞いていましたが、実物を初めて見たときの衝撃は今でも覚えています。

領域代表者の桜田一洋先生も「純粋に対象を見ること」が重要であるとおっしゃっていました。今回「ラマン散乱顕微鏡システムの構築」がひとつの課題となっていますが、これも「見る」ためのものですね。

光学顕微鏡は生物を生きた状態で「見る」ことができ、他のシステムと組み合わせることで、さまざまな計測を可能にします。そのため私の研究チームでは、研究対象を「顕微鏡で見る」というアプローチを重視しています。

ただし、観察する対象や現象によって、必要な顕微鏡の種類や機能は異なります。そこはシステム工学出身という知見を活かし、研究に使用する顕微鏡をほぼ自分たちで製作しています。

自作した光学顕微鏡は、他の施設の研究者も使用を希望して、足を運んでいる

先生は、生命現象を解明するうえで「個」と「集合」の関係性も重視しているそうですね。

生命とは単体ではなく、他の個体と相互作用しながら集団で生きるものです。

細胞の機能は、タンパク質の相互作用によって構成されたネットワーク(集合)が担っています。その集合が複数集まって相互作用を起こすことで、さらに大きな集合が作られ、機能が複雑化していきます。

しかし、複雑化した細胞のメカニズムを解明するとき、すべてのタンパク質の挙動を調べる必要はありません。4つの集合から構成されたタンパク質複合体なら、その4つが相互作用する仕組みを調べればいいのです。

複雑化し、構成要素が増えたとしても、「個」の相互作用で作られた「集合」と、集合同士の相互作用のみを見ればいい、ということですか。

そうです。このように複雑化とともに扱うべき変数が減ることを「選択の自由度(情報のエントロピー)が減る」と言います。

私たちの体には2万種類以上の遺伝子があるにも関わらず、細胞の機能は270種類程度しかありません。2万の変数の自由度が複雑な相互作用を経て、自由度が270種類に減っている、ということです。もちろん、それ以上の未知の機能が存在するかもしれませんが、ここで大事なことは自由度が減らされていることであって、その種類の数は問題ではありません。特に、研究対象の中で、270種類と識別しているのであれば、それ以上に場合分けする意味はほとんどないのです。

独立因子が存在せず、すべての因子が関連性を持ち、因果関係が複雑に絡み合っている生物の世界だからこそ、層を超えた定義、多層を交えた定義が可能なのです。