領域代表者
東京大学 特別教授・名誉教授
東京大学国際高等研究所IRCN 副機構長
数理の力でこれから起こる重大な問題を事前に予測して、問題が発生する前に解決することはできるのか。
この問題には、研究以外の難しさが含まれています。世の中に対して予測結果をどのように伝えていくか、その結果をどう受容していただくか、という問題です。
たとえば将来を予測する時、数理データ解析においては「未来においても対象システムの特性は一貫性を保つ」という定常性を仮定するのが普通です。平均値や分布などの特性が時間によって変化しないという前提で、通常数理データ解析を行います。しかし、「これから経済が不安定になりそうですよ」と世の中に伝えると、それに敏感に反応する人が出てきます。すると、データの定常性の過程そのものが崩れます。
また、別プロジェクトで進めている病気予測の研究でも、「もうすぐ病気になるという未病状態を、あなたは知りたいですか、知りたくないですか」というアンケートを取ったところ、半数の人が「知りたくない」と回答しました。万人が「自身がどんな病気になるのか予測してほしい」と望んでいるわけではなかったのです。
他にも、その実現可能性は置いておくとして、たとえば地震の予測には極めて高い精度が求められます。精度の低いアラートが実装されれば信頼性が低下し、住民が避難しない「オオカミ少年効果」が起きてしまうためです。どれほど精緻な予測理論を作ったとしても、100%には届きません。アラートが発信されたのに地震は起きなかった。アラートがなかったにも関わらず地震が起きた。これらは必ず起き得る問題であり、それを社会にどう受容していただくのかという問題を、同時に解決していかなければなりません。
この「社会的合意をどのように取っていくべきか」は、ELSI分野と繋がっており、最先端科学の発展とともに考えていく問題だと思います。病気も経済も地震も、 数理分野でできることは精一杯取り組みますが、その研究結果をどう扱うかは、社会全体の課題として考える必要があるのです。
理論の完成度を上げていくために、我々はこれからも努力を続けていく必要があります。そして世の中には、我々がまだ気が付いていない、数理の力が応用できる分野が多々あると感じています。だからこそ、様々な分野の人たちとディスカッションをしたり、解析手法を一緒に検討したりするコラボレーションが必要です。
今回採択された6名の研究者にも、お互いに刺激し合い、連携できるところは積極的に連携して、研究を大きく発展させてほしいと期待しています。