エッジ領域で運用可能な高精度・高エネルギー効率を実現する予測モデルの構築
酒見 悠介 先生

千葉工業大学 数理工学研究センター

職名:上席研究員 助成期間:令和3年度〜 キーワード:計算システム ニューロモルフィックエンジニアリング 研究室ホームページ

2015年3月東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。同年4月に研究員として民間企業に就職し、2016年7月より東京大学生産技術研究所の民間共同研究員を兼務。2022年1月に千葉工業大学数理工学研究センター上席研究員となり、現在に至る。

先生は大学時代、物理学を専攻されていました。どのような経緯で現在のご研究にたどり着いたのですか。

博士課程を修了した後、民間企業に研究者として就職しました。2年目から東京大学生産技術研究所との共同研究がスタートして、機械学習やアナログ回路設計を学ぶことになったのです。人工知能は全くの門外漢でしたが、多くの先生にご指導いただいたおかげで研究を進めることができました。森野佳生先生も、その一人です。

その中で、脳型コンピューティングの研究と出会いました。AIに脳の神経細胞の動きを模倣したシステムを取り入れ、効率的な情報処理を目指す面白さに魅了されて「この研究を一生の仕事にしよう」と決めました。

民間等共同研究員として5年ほど勤めた後、2022年1月に千葉工業大学数理工学研究センターに移り、本研究を開始しました。

脳型コンピューティングは「ほとんど解明されていない脳という領域に挑戦する興奮と、社会貢献に繋がる喜びを感じられる」と話す酒見先生

ありがとうございます。脳型コンピュータについて詳しくお聞きしたいところですが、まずはタイトルにある「エッジ領域」について、教えていただけますか。

エッジとは、機械学習分野において「データを取得する領域」を指します。そして、監視カメラやスマートフォンなど、よりデータに近い領域で時系列データ処理を行うAIを「エッジAI」と呼んでいます。

ただし、現代社会で活用されているのは、クラウドベースのAIです。たとえば動物の画像があり、「何の動物か」をAIに判定させるには、スーパーコンピュータで何度も計算しなければいけません。ユーザはデータセンターに画像データを送信し、計算結果を受け取ることで、最先端のAIを活用しているのです。

データを送信して結果を受け取るまで、一定時間が必要ですよね。

はい。そのため、リアルタイムでの将来予測が求められる電力需要予測や異常検知、ロボティクスなどの分野では、十分に活用できていません。

一方でエッジAIは、エッジデバイスに搭載された演算装置で計算を行います。リアルタイム性やプライバシー性に優れており、多様な変化にも即座に対応できるため、従来のAIではできなかったことが可能になると期待されています。

しかしエッジAIの実現には、大きな課題が2つあります。電力効率の向上と、少量データでも高精度の予測が可能なモデルの開発です。

クラウドベースのAIでは、たとえばロボットに質問したり指示を出したりしたとき、人間のように即座に返答する、動作することが難しい

クラウドベースのAIで使われているスーパーコンピュータは、電力消費がかなり大きいと聞きました。

スーパーコンピュータは、1000W以上の電力を消費しています。エッジデバイスのバッテリー容量では到底足りません。一方で、人間の脳も電気信号で動いていますが、その電力はおよそ20W程度と言われています。

そこで本研究では、脳型のアナログハードウェアの開発を目指しています。アナログ回路で計算をすると、デジタル回路の1000分の1の電力消費で同じ仕事ができるのです。

人間の脳と同程度の電力効率で、人間の仕事を代替できるAI。それがエッジAIの理想の姿であり、私が目指しているものです。