逆問題解の時空間分離同定法と非侵襲計測・非破壊検査への応用
奈良 高明 先生

東京大学 情報理工学系研究科 システム情報学専攻

職名:教授 助成期間:令和3年度〜 キーワード:逆問題 数理工学 計測工学 研究室ホームページ

1999年、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了、博士(工学)取得。2000年から2001年まで、日本学術振興会特別研究員(PD)。2002年に国立情報学研究所助手、2003年から東京大学大学院情報学環講師を務める。2007年から2012年まで電気通信大学知能機械工学科准教授。2013年に東京大学大学院情報理工学系研究科准教授となる。2017年より現職。

まず、「逆問題」とはどのような問題なのか教えていただけますか。

一言で表すと、「因果律を逆向きに辿る問題」です。原因から生じる結果を求めるのが順問題、結果から原因を探るのが逆問題、とも言えます。

逆問題の応用分野は多岐にわたります。今回は脳磁場逆問題、人体内部の電気特性の画像化、そして鉄鋼製品の非破壊検査に取り組みました。

大学生のとき複素関数論の美しさに感銘を受けた。やがて、境界から内部を明らかにする留数定理を工学的に応用して、頭の表面の観測から内部の情報を得ることに成功。そこから逆問題にのめり込んだ

それではさっそく、脳磁場逆問題について、お話をお伺いできますか。

「脳磁場逆問題」は、脳磁計で計測した頭の外側の磁場から、脳内の神経活動源を推定する問題です。

臨床応用の1つが、てんかんの診断です。てんかん患者さんの脳には「てんかん焦点」という病巣があり、そこに強い電流が流れます。すると頭の外側に微弱な磁場が漏れてくるので、その磁場からてんかん焦点の位置を推測します。ただ、てんかん焦点以外に、脳内には他の局所的な電流源があり、さらに、あちこちに背景活動と呼ばれる微弱電流も流れているため、てんかん焦点の特定は容易ではありません。

従来法は大きく2つに分類されます。1つは、電流源の中心位置を推定するパラメトリック法です。この方法は病巣領域の広がりを把握できず、なおかつ背景活動を考慮しないため推定結果がずれるという課題があります。もう1つはイメージング法といい、脳の表面をメッシュ状に分割してすべての節点に電流があると想定するモデルですが、てんかん焦点がぼんやりと広がって推定されがちです。いずれの手法も切除手術のために十分な情報を与えるとは言えないのです。そこで新しく、「異種ソースモデル」を提案しました。

どのようなモデルでしょうか。

2つの従来法を同時に仮定し、局所電流源と、背景活動による微弱電流の解を別々に求める数理モデルです。

このモデルでは、てんかん焦点の形の表現までを可能にしました。形を単純なパラメータで表現するために、複雑な脳の表面を球面に写像し、てんかん焦点を球面上の円の像として表します。円であれば、中心座標(θ,φ)と半径(r)という3つのパラメータで表現できます。そのうえで、理論的に導かれる磁場と観測磁場との食い違いが小さくなるパラメータを求めるという数理的な最適化を行います。求めたパラメータを再度脳の表面に写像することで、複雑なてんかん焦点の形が決まるのです。

数値シミュレーションの結果、異種ソースモデルで求められた電流源は、場所、形ともに真の電流源とよく一致し、背景活動と分離して求められました。この手法は実データでも検証しており、頭蓋内電極を用いた計測結果とも一致することが確かめられています。

数値シミュレーション結果。赤い部分がてんかんの焦点、全体に広がる緑色が背景活動を示す。提案法では、てんかん焦点の位置・形状が精確に、かつ、背景活動と分離して推定されている

とても有効なモデルを構築されたのですね。

しかし、課題がありました。局所的な電流源が複数ある場合、それらを個別に認識することが困難だったのです。これは磁気センサが頭の表面から離れた位置にしか設置できないというハードウェアの制約のために、データがぼやけてしまうことが原因です。

そこで、頭の表面付近に仮想センサを設定しました。もちろん仮想センサで磁場の計測はできません。物理法則を満たし、なおかつ実センサのデータとも整合性のあることを制約として、仮想センサ位置の磁場を数理的に復元する試みです。その結果、複数の電流源の分離に成功し、頭部表面位置における磁場の再現が数理的に実現できることが確かめられました。

2つの電流源に対して、実センサ位置の磁場分布では正負のペアが1つしか得られないが、仮想センサ位置においては正負のペアが2つ、分かれて現れた