環境ダイナミクスを活用したリスク変動のリアルタイム予測技術の開発
安東 弘泰 先生

東北大学 材料科学高等研究所

職名:教授 助成期間:令和3年度〜 キーワード:数理モデル 機械学習 シミュレーション 研究室ホームページ

2007年3月東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻博士課程修了。同年4月よりERATO合原複雑数理モデルプロジェクト研究員を務めた後、2009年4月より理化学研究所にて基礎科学特別研究員、脳科学総合研究センター研究員を務める。2014年4月より筑波大学システム情報系社会工学域助教ならびに准教授を務め、2020年12月に東北大学材料科学高等研究所准教授(クロスアポイントメント)に就任。2021年10月に教授となり、現在に至る。

まず、先生が現在の研究テーマに取り組まれたきっかけについて教えてください。

私は学生時代から数理工学を専門としていましたが、当時は理論などの分野を中心に扱い、社会的な実用性については意識していませんでした。しかし、民間企業との共同研究に取り組む中で、社会課題の解決に資する研究に積極的に取り組みたいと考えるようになったのです。

たとえば、交通事故は交通量が多くなるタイミングで発生しやすく、緊急時の大規模停電も需要が集中する時間帯に起こりやすくなります。昨今は感染症も、人流の混雑と相関して感染率が高くなることが明らかになりました。これらのリスクを低減するためには、集中が起こるタイミング(時空間的ピーク)をリアルタイムで予測し、介入によって分散させる必要があります。

そこで、これまでの研究から、リザバーコンピューティングの枠組みを用いて環境ダイナミクス(実世界のさまざまな動き)のパターンを抽出し、計算資源として活用する「環境計算」あるいは「環境物理リザバー計算」の概念を考案しました。

研究の全体イメージ図

「リザバーコンピューティング」とは?

ニューラルネットワークの方法論の一つです。ニューラルネットワークは人間の脳をモデルに作られており、入力層・中間層・出力層の各層で情報を処理して学習を進めていきます。このうち、中間層では入力されたデータに対して、さまざまな計算が実行されています。そして、複数の中間層を持ち、ある中間層での計算結果を、別の中間層に再び入力して繰り返し処理を行う仕組みを、リカレントニューラルネットワークといいます。

リザバーコンピューティングは、学習の効率化と計算量の削減を目的に、リカレントニューラルネットワークにおいて中間層のパラメータを固定し、中間層から出力層に向かうパラメータのみを学習するという考えのもと、提案されたモデルです。

「環境物理リザバー計算」 についても、詳しく教えてください。

AI技術の進展には、複数の課題があります。過去のビッグデータや、それを処理する大規模な計算機が必要であること。大量の電力を消費してしまうこと。時々刻々と変化していく事象をリアルタイムに計算したり、人の意思が大きく介在する分野への対応が困難である等の弱点も抱えています。

これに対し、既設の監視カメラやドライビングレコーダーなどの常時観測データからフィジカルリソースを収集・抽出し、計算資源の一部として即時に活用できれば、どうでしょう。データを無駄なく活用できるうえ、センサを新設する必要もありません。コストを抑えつつ、時間とともに変動する現象をリアルタイムで予測することが可能です。これを実現するのが環境物理リザバー計算です。

AIによる既存の渋滞予想と比べて、コスト以外にどのような違いがあるのでしょうか。

機械学習には、アルゴリズムの工夫や膨大なパラメータの調整、また計算機(コンピューター)でのモデル化やシミュレーションが必須ですが、これらを大幅に省略できるため、高速計算が可能となります。さらに、消費電力を低減できる、既存の計算システムほど詳細な設計が必要ない、学習データが不完全でも欠けているデータを予測できるといったメリットもあります。

既存のAI技術では、未曾有の自然災害や、株価の変動などを扱うのは困難であった。環境物理リザバー計算はこうした事象の予測に役立つ可能性がある