予防・個別医療に向けた時系列マルチモーダルデータに基づく状態遷移予測モデル構築
川上 英良 先生

理化学研究所 医科学イノベーションハブ推進プログラム
健康医療データ多層統合プラットフォーム推進グループ 
健康医療データAI 予測推論開発ユニット ユニットリーダー

このような機械学習の手法の開発において、最も難しい点はどこでしょうか。

機械学習の手法自体はたくさんありますが、使用するデータとの相性や、何の解析をするかによって、適切な手法は異なります。適切な手法を選択しても、そのまま適用できるとは限りません。目的に応じて自ら改良したり、新しい手法を開発しなければならないこともあります。

さらに「データ内のどの項目を選ぶべきか、その項目がどのような医学的な意味を持つか」を判断するためには、医学的知識が必要です。一方で、機械学習、数理科学の知識がなければ「どのように因子を圧縮するか、どの手法が適切か」を考えることはできません。このため、数学マインドを持ちながら医学分野にいる人間でなければ、新しい手法の開発は難しいといえるでしょう。

すでにある手法をどう使い、どのように改良すべきかは、数学と医学、どちらか片方の知識だけではわからないのですね。

また、臨床データの数が少ないことも課題でした。モデル動物なら研究者の任意のタイミングでデータ採取ができますが、人間の疾患データは数日、数週間ごとしか取れません。とくにこの研究では、これまで臨床現場で「着目されたことがない」「測定されたことがない」計測データを集めるために、臨床医に測定を依頼し、サンプルを解析して、理論の検証を進めていく必要がありました。これには多額の費用がかかります。今回、この特定領域研究助成に採択していただき、心から感謝しています。

機器の開発や創薬に直接繋がるわけではない「理論の構築」の研究は、研究資金の確保が難しい側面がある

個別医療の実現、適切な治療方針をたてる方法の実装は、臨床現場に大きなメリットをもたらします。

そこに至るためには、必要なデータを採取し、検証し、実際に予測をして精度を測り、改良をしていかなければなりません。すでにいくつかの特許を申請し、実用化に向けて進んでいますが、実装にはまだ時間がかかるでしょう。

ですが、この3年間でプロトタイプを完成させる目処はたっています。理論面では「汎用的な生命現象時間発展モデル構築のフレームワークの確立」を、臨床面においては「臨床マルチモーダルデータに基づくアトピー性皮膚炎患者の病態予測モデルの確立」を目指し、予防・個別医療の実現に寄与する成果を出したいと思っています。

「自分がこれまで多くの人に支えられて研究を続けてきたように、若い世代が自由に研究できる環境を作り、プロモートしていきたい」
と語る川上先生

ありがとうございました。数学と医学が融合した新たな分野が、
先生のご研究により今後大きく発展していくことを、楽しみにしています。