HOME > 研究者 > 阪本卓也先生 > マルチレーダによる多人数の非接触ヘルスケア計測が拓く安心社会(第2回)

ヘルスケア用の人体計測には、これまで主に接触型センサが用いられてきました。しかし、装着の不快感や拘束感などの問題から長期間のモニタリングに適さないため、近年はレーダによる非接触での生体計測に注目が集まっています。一方で、非接触ヘルスケア計測の技術的・倫理的な課題が明らかになってきました。

阪本先生はこの二つの課題に取り組み、解決していくことで実用化に向けて着実に研究を進められています。第2回のインタビューでは、多人数計測における遮蔽の課題と、社会実装に関する倫理的課題について、どのように解決されたのかをお聞きしました。

非接触ヘルスケア計測技術で、複数人数を対象とした研究は他にあるのでしょうか。

非接触の計測技術として最もメジャーなものは、やはりカメラです。しかし、カメラが取得したデータには対象者の姿が残るため、プライバシー保護の観点から設置場所が限られてしまいます。また、衣服や布団を透過できないという課題もあります。

レーダを用いた呼吸・心拍の計測は、世界各国でも研究が進められており、2〜3人の同時計測に成功したという報告があります。また、5〜6人の計測に成功した例もありますが、被験者全員をレーダから異なる距離で配置したり、直線上に一列に並ばせたり、特殊な条件で実施されたものでした。

私たちは一般研究助成に採択される前の2021年に、1台のレーダと「呼吸空間クラスタリング」という開発手法によって、7人の被験者に対する非接触での同時呼吸計測に成功しました。ただし、これは被験者が密集していない状態──レーダのアンテナから見て、被験者が他の人体の背後に隠れていないことが条件でした。

本研究ではこの実績を発展させ、複数レーダによって室内で密集した多人数の呼吸・心拍を、同時かつ非接触で計測する技術の開発を目指しました。

複数レーダによって「遮蔽」問題を解決する技術

姿勢と体動によって精度が落ちてしまう問題には、複数レーダによる計測と、部位ごとの皮膚変位間の関係を数理モデル化することで解決されていました。

人体を複数方向から計測し、各部位の変位波形の関係を数理モデル化して、複数レーダのデータ統合を最適化する。遮蔽の問題に対しても、この手法を応用しています。

まず、小学校の教室にレーダを2台設置し、着席して授業を受けている児童たちを2週間計測する実験を行いました。レーダを複数設置することで、たとえば「授業中にある児童が挙手をして、その奥にいる児童が隠れてしまっても、もう一つのレーダで奥の児童を継続して測定可能」など、対象者の遮蔽の影響を低減できるようになります。

複数レーダによる計測は、遮蔽の問題にも有効なのですね。

ただし、異なる位置に設置した2台のレーダで複数の対象者を同時測定し、それぞれの状態を把握することは、容易ではありません。各レーダが受信した複数の反射波と生体データを統合し、「対象者A」「対象者B」「対象者C」……と対応付けるためのラベリング処理が必要です。しかしこの処理は、レーダの台数や対象者の人数が増えるごとに、計算量が指数関数的に増加してしまいます。

小学校の教室での計測が成功すれば、会社のオフィスや幼稚園・保育園などの空間にも応用できる
先生の所属や肩書きは取材当時のものです。
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