HOME > 研究者 > 阪本卓也先生 > マルチレーダによる多人数の非接触ヘルスケア計測が拓く安心社会(第1回)

近い将来に訪れるといわれる超スマート社会とは「必要なモノやサービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供される」状態を指します。この社会を実現するには、人の状態を常に把握し、誰がどのような体調や気分で、どのようなモノやサービスを求めているのかを的確に把握することが重要です。たとえば、人の呼吸や心拍などを非接触でモニタリングできるようになれば、その人の状態に応じた最適なヘルスケアサービスを提供でき、誰ひとり取り残されることのない社会の実現が期待されます。こうした技術の開発には大きな期待が寄せられています。

京都大学大学院工学研究科の阪本卓也先生は、レーダを使ったヘルスケア計測技術の開発研究に長年携わっており、世界で初めて7人の呼吸を同時に、非接触で計測することに成功されました。多人数のヘルスケアを非接触のセンサで測定する技術について、お話をお伺いしました。

先生はなぜ、レーダによる生体計測技術の研究を始められたのですか。

学生時代は電波でさまざまな物体の形状を計測する、レーダイメージングを研究していました。対象に電波を照射し、反射して返ってきた波(反射波)を受信するまでの時間によって対象との距離を測定、複数の反射波の情報をマッピングすることで形状や大きさを推定する技術です。その中で、人体の形状を測定対象とする人体イメージングに興味を持つようになりました。

科学や工学は社会のさまざまな場面で活用され、めまぐるしく進歩しています。一方で、どれほど科学技術が進み、社会が変化しても、決して変わらないものがあります。私たちが「人間である」という事実です。そのため私は「電波×人体」を生涯の研究テーマにしようと決めました。

昨今は効率や利益の追求に加え、幸福・健康・満足感の質であるWell-beingへの関心も高まっています。レーダを使って、精神状態や健康状態と密接にかかわる心拍や呼吸を非接触で測定する技術は、今後ますます重要になると考えています。

電波は、現代人の生活に不可欠でありながら、目には見えないミステリアスなもの。不変的なものである人体との組み合わせは、とても面白いと感じた

心拍の計測といえば接触型センサのイメージが強いのですが、非接触センサにはどのようなメリットがあるのでしょうか。

電波を使った非接触センサの利点は、主に3つあります。センサ装着の不快感がないこと。長期的・継続的にバイタル計測が可能であること。衣服や布団を透過して計測できることです。

装置を身につけると、どうしても不快感や拘束感が生じるため、対象者の日常生活に制約を与えてしまいます。非接触であれば、この問題を解決できます。加えて、レーダは衣服や布団を通り抜けるため、活用シーンを選ばず、24時間・365日連続で見守ることが可能です。

対象者にストレスを与えることなく、常時の見守りが可能なのですね。

わかりやすい例としては、乳幼児の見守りです。自宅で乳幼児を育てている時期には、少し目を離した隙に子どもが死亡してしまう「乳幼児突然死症候群」というリスクがあります。また、保育園では毎日、午睡(お昼寝)の時間がありますが、その時間帯、保育士は園児たちが確実に呼吸していることを、定期的に確認しなければいけません。しかし、小さな子どもの呼吸を視認することは容易ではなく、大きな負担となっています。

子どもが寝ている部屋にレーダを設置し、呼吸や心拍などに異常が発生した時に即座に通知するシステムがあれば、そのような不安やリスクを大きく低減できます。

国内における0歳児の事故死因のうち、80%が窒息、そのうち32%が睡眠中。毎年約100人が死亡している
先生の所属や肩書きは取材当時のものです。
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