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マルチレーダによる多人数の非接触ヘルスケア計測が拓く安心社会 (第1回)

京都大学

Takuya Sakamoto

たしかに寝ている時と起きている時では、姿勢や動きがまったく違います。それらの要素と影響を、どのようにして数理モデルに取り入れたのですか。

はじめに、一人の人間を取り囲むように複数のレーザ変位計を設置し、同時計測を行いました。これは「胸がこう動いているとき、背中と腕はどう動いているのか」を確認するためです。実は、人体の内部で生じる生理現象と皮膚変位の関係については、科学的知見が確立していません。そのため緻密に計測し、得られたデータから異なる部位の皮膚変位間の関係性を解析し、それを表現する「生体数理モデル」を構築しました。

次に、姿勢や体動による影響を測るため、モーションキャプチャシステム、レーザ変位計、複数のミリ波レーダを用いて、呼吸計測を行いました。それらのデータを生体数理モデルに組み込み、改良を施しました。「レーダに対して対象者が正面側/背面側のどちらを向いているか」を判定し、そのうえで細かな角度や姿勢を推定するという階層的回帰モデルを採用することで、呼吸の皮膚変位から対象者の姿勢と体方位を、高い精度で推定できるようになったのです。

異なる複数の方向からレーダ計測した皮膚変位と生体信号の関係を数学的にモデル化する、電波工学・システム理論・生理学の3分野を融合させたアプローチ

呼吸や心拍などのバイタルと、皮膚変位の関係については、まだほとんどわかっていなかったのですね。

はい。医学や生理学の分野でも未着手の領域であり、さらに皮膚変位を数学的に扱う研究も他にはなかったため、数理モデルを導き出すまで、かなり試行錯誤を重ねました。

皮膚変位として現れる生体信号は、非常に複雑です。たとえば血液が心臓から動脈に沿って体の末梢部分まで運ばれていく際、血管はどんどん細くなっていくため、部位によってその圧力は大きく変化します。さらに、血管を伝搬する弾性波が皮膚の表面に至るまでの間にも、筋肉や脂肪といった幾層ものレイヤーがあるため、皮膚変位にはさまざまな情報が含まれていると推測できます。本研究とは関係ありませんが、それらの情報を引き出すことができれば、さまざまな研究に応用できると考えられるため、とても興味深いです。

実験で使用しているセンサも先生が以前開発された装置で、ミリ波を用いているそうですね。

私が本研究を開始できた理由のひとつが、ミリ波の普及です。数µmという微細な動きを検知するには、周波数が高い電波が必要です。以前はマイクロ波を使っていましたが、2020年くらいからミリ波のモジュールが低価格化により普及し始め、入手しやすくなりました。時を同じくして、移動体検知用に広帯域の60GHz帯が国内で利用可能となり、ミリ波を用いた人体センシング技術はさらに活況を呈し始めました。私が興味を持ち、情熱を注いできたビジョンに、技術がちょうど追いついてきたと感じています。研究者として、これほど幸運なことはありません。

ミリ波は携帯電話の「5G」や、自動車のセンサにも使用されている新しい技術であり、急速に普及が進んだ。以前は不可能だった高精度な計測が可能となり、エンジニアにとっても刺激的な技術革新が続いている

レーダで呼吸や心拍を測ることのメリットと、それを実現する難しさが理解できました。わかりやすく教えていただき、ありがとうございます。次回はもう一つの問題「遮蔽」の解決方法と、非接触ヘルスケア計測に関わる倫理的課題についてお伺いします。

先生の所属や肩書きは取材当時のものです。
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