その通りです。そのため本研究では、まずレーダ画像に着目しました。教室に設置したレーダ1とレーダ2が、それぞれ受信した反射波から生成した画像を見たとき、対象者5名の相対位置と角度が示されていますが、そのままでは、どれとどれが同一人物なのかわかりません。
そこで、レーダ1とレーダ2が受信した反射波に対応する位置を、三次元空間の異なる座標系で表現し、それらの座標系どうしの関係を記述するアフィン変換を求め、レーダ1とレーダ2の相対位置と相対角度を自動的に補正する手法を開発しました。これにより、両レーダの画像上で、5名の対象者(ABCDE)の位置を一致させることに成功しました。
レーダ1とレーダ2の画像において、それぞれのデータに「対象者A」「対象者B」……という対応付け(ラベリング)ができれば、あとは前回ご説明した数理モデルを応用して、データを統合。密集状態であっても、対象者全員の呼吸や心拍を同時に計測することが可能になったのです。
さらに、受信信号に含まれている心拍成分の高次高調波を検出することで、心拍周期をより高い精度で推定できる新たな手法も開発しました。

教室での実験は、できる限り「自然な条件下」で多人数(児童14名、教師1名)を計測できるよう、担任教師の協力を得てレーダの設置場所などを工夫した
職場や学校、保育園や家庭など、多くの人々が日常的に過ごす場所で非接触レーダが一人ひとりのバイタルをさりげなく、常時見守ることが可能になれば、乳幼児の窒息事故をはじめ命に関わる急変を即座に検知し、早期対応に繋がると考えています。
それは安全安心な社会づくりに貢献できると期待していますが、心拍からは心理的ストレスも計測可能です。つまり、「個人の身体と精神状態を離れた場所から観察できるようになる」ということでもあります。その情報を悪用される危険性は十分にありますし、「自分の呼吸や心拍が密かに計測されている」ことへの不安感や抵抗感を抱く人もいるでしょう。
そのため私は、2022年に「非接触見守りセンサ倫理検討委員会」を設立しました。京都大学の文学研究科、工学研究科、医学研究科のほか、他大学や民間企業、保育園の関係機関にも参加していただき、非接触見守りセンサの倫理的課題を精査して、ガイドラインの策定に取り組んでいます。
一般研究助成に応募する少し前から、ELSIという言葉をよく目にするようになりました。さまざまな技術開発プロジェクトでもELSIへの取り組みが重視されるようになっていたため、本研究でも重要だと考えました。
この技術がエンジニアや企業の押し付けではなく、社会に安心して受け入れてもらい、活用されるためには、ルール作りが不可欠です。技術開発とガイドライン策定を同時に進めることで、あらゆるリスクや懸念を排除し、人々の役に立つ技術になると信じて活動を続けています。

非接触ヘルスケア計測技術の開発と、非接触センサ倫理ガイドラインの策定。この2つを組み合わせてこそ、ヒトにやさしい社会・空間・環境の実現に寄与できると考えている