HOME > 研究者 > 林美加子先生 >「ヒト・デンタルバイオフィルムの次世代シーケンス網羅的解析に基づく制御法の開発」(第2回)

高齢期における自然歯の本数と健康寿命の関係、口腔内細菌が大腸ガンや認知症の発症に及ぼす影響など、近年は歯学と医学の境界領域における研究が盛んに行われています。その背景には、次世代シーケンス解析技術の開発と普及による、デンタルバイオフィルムを構成する細菌叢の遺伝子レベルでの解明があるといえるでしょう。

第2回のインタビューでは、う蝕(むし歯)と歯周病の病原因子の解析結果に基づくデンタルバイオフィルム制御法の開発や、目指すべき健常な口腔状態などについてお伺いしました。

まずは第1回のおさらいとして、この研究の概要をお教えください。

多くの人々が罹患するう蝕や歯周病の主な原因因子は、歯に付着した細菌叢(細菌の群集)の集合体である「デンタルバイオフィルム」です。本研究では、実際にヒトの口腔内で形成されたバイオフィルムを採取し、その構成細菌を経時的かつ包括的に定量解析できるin situ モデルを開発しました。この装置を用いて、健常者、う蝕患者、歯周病患者のバイオフィルムを解析した結果、う蝕および歯周病の発症に関与する細菌の同定に成功しました。

この結果をもとに、共同研究者である鶴見大学歯学部の花田信弘教授が開発したデンタル・ドラッグ・デリバリー・システム(Dental Drug Delivery System; 3DS)を応用し、病原因子を選択的除去することによって口腔内のバイオフィルムを健常な状態にコントロールする方法の開発研究を行っています。

歯科医院における予防歯科といえば、歯磨きやクリーニングですが、それだけでは病原菌を完全に除去することはできないのでしょうか。

う蝕は「酸がエナメル質や象牙質を溶かす」という化学反応であり、食習慣や歯磨き習慣によって左右される、いわば生活習慣病です。歯科衛生士によるPMTC(歯科医師や歯科衛生士による専用器具を使った歯のクリーニング)によってバイオフィルムが完全に除去されても、口腔には常在細菌がいますので、患者さん本人の習慣が改善されない限り、同じ問題が発生してしまう可能性が残ります。

一方で、歯周病は「歯周病菌に対する過剰な免疫の働き」によって発症する免疫反応です。一生懸命に歯磨きをしているのに歯槽骨がどんどん減ってしまう人や、歯磨きをサボっていても歯周病になりにくい人がいるのは、生まれつきの体質によるものです。ガンや糖尿病と同様に、歯周病の発症にも遺伝的な要素が関わっているのです。

このため、患者さんの個々の疾患リスクに応じて病原因子を含む細菌叢の定着を抑制し、健常な口腔状態を維持するバイオフィルムコントロールが必要なのです。

虫歯になりやすい人、歯周病になりやすい人など、患者さんの状態に応じたテーラーメイドの治療を行うことが理想

それでは、3DSによる除菌方法ついて、詳しく教えてください。

患者さんの歯型からマウスピース状のトレーを作成し、薬液を注入して5分程度装着してもらうことで、歯と歯茎に付着した病原菌を除菌するとともに、新たな細菌叢の定着を抑える方法です。その後、1週間ほど患者さん自身でホームケアを行ってもらい、再び歯科医院でPMTCや細菌数のチェックを行い、効果を確認しながら治療を進めていきます。

3DS診療は、鶴見大学歯学部附属病院や一部の歯科医院で、すでに保険診療外の治療方法として提案されている

使用する薬液は、患者さんの症例によって最も効果的なものを選択します。準備研究では4名の患者さんを対象に、歯周病の原因菌であるPorphyromonas gingivalis の除菌療法を0.05%クロルヘキシジンで実施しました。結果、4名とも歯周病菌が明らかに減少し、除菌の成功が認められました。

また、除菌後は口腔内細菌の種類自体が150種程度に減少しています。このことから、ヒトの口腔内のコア・マイクロバイオームは150種程度ではないかと考えています。

3DSによるP.gingivalis除菌療法の結果。細菌の明らかな現象が確認された
Copyright(C) SECOM Science and Technology Foundation