HOME > 研究者 > 林美加子先生 >「ヒト・デンタルバイオフィルムの次世代シーケンス網羅的解析に基づく制御法の開発」(第1回)

近年「8020運動(80歳になっても自分の歯を20本保つための運動)」をはじめとする予防歯科の考え方が世間に浸透し、歯科治療のあり方が徐々に変化しています。一方で、むし歯や歯周病は誰もが高確率で罹患する口腔疾患ですが、その発症の詳細なメカニズムについては未だに解明されていません。

より効果的にむし歯や歯周病の発症を抑えるためには、何をすべきか。デンタルバイオフィルムの研究をされている大阪大学大学院歯学研究科の林美加子先生に、お話を伺いました。

先生は、歯学研究科においてバイオフィルムの研究をされているとのことですが、バイオフィルムとはどのようなものでしょうか。

バイオフィルムとは、微生物やその代謝物の集合体です。本研究の対象である「デンタルバイオフィルム」は、歯に付着した細菌叢(細菌の群集)の集合体を指します。

私たちの口腔内には、歯が生える前から複数の細菌が存在しています。その種類は成長とともに増加し、成人の口腔内にはおよそ700種類の菌が存在すると言われています。う蝕(むし歯)や歯周病などはデンタルバイオフィルム感染症であり、構成する細菌の相互作用によって発症することがわかっていますが、その細菌の多くはヒトと共存しているものであり、ゼロにすることはできません。

病気の原因となるバイオフィルムのみを除去することはできないのでしょうか?

たとえば、ミュータンス菌がう蝕の要因であることは知られていますが、口腔内での挙動の詳細は判明していません。これまでも「ある時点におけるデンタルバイオフィルムの解析」は行われてきたのですが、ヒトの口腔内で形成される過程や、その際の細菌叢の変化を、長時間にわたって観察し続ける方法がなかったためです。

病気の原因となる細菌叢と、健康状態でも存在している細菌叢には、どのような違いがあるのか? 人間にとって健常なデンタルバイオフィルムとはどのような状態なのか?  それは、詳細にはわかっていないのです。

そこで私たちは、ヒトの口腔内におけるバイオフィルムの形成を、経時的・定量的に評価できる口腔内装置を開発しました。in situ デンタルバイオフィルムモデルです。これは、子どもから100 歳の高齢者まで、歯周病やう蝕の患者、健常者など、あらゆるケースの口腔細菌叢と、その経時的変化を確認できる可能性を示しています。

それは、どのような装置なのでしょうか。

オーダーメイドのマウスピースに、歯と同じ性質のアパタイトを、取り外し可能な状態で8つ設置したものです。被験者には、このマウスピースを装着した状態で生活をしてもらいます。すると、アパタイトの上にバイオフィルムが形成されるため、一定時間経過後に取り外し、バイオフィルムを採取して次世代シーケンス解析を行うという方法です。

最長で96時間の経時的変化を解析した結果、デンタルバイオフィルムの生菌数の増加は二相性を示すこと、厚みと体積も類似の変化を示すことを明らかにした

実験室で細菌を培養したり、薬剤を加えて擬似的に再現したりするのではなく、ヒトの口の中で実際に形成されて変化していくバイオフィルムを解析する、ということですね。

そうです。この装置を用いて、う蝕患者、歯周病患者、健常者のデンタルバイオフィルムの採取、比較分析を行えば「口腔の健康に寄与する細菌」と「病気を引き起こす細菌」の分類が可能になります。そして、共同研究者である鶴見大学歯学部の花田信弘教授が開発したデンタル・ドラッグ・デリバリー・システム(Dental Drug Delivery System; 3DS)を用いて、う蝕および歯周病に関わる因子を選択的に除去することにより、科学的根拠に基づいたデンタルバイオフィルム抑制方法を確立できると考えました。それが、本研究の出発点です。

次世代シーケンス解析技術の開発により、この10年くらいで、デンタルバイオフィルムを構成する細菌の遺伝子レベルでの研究が大きく進展しました。現在も大勢の研究者が、700種類の細菌について競って解析を進めており、日々、新たな知見が生まれています。

口腔細菌の遺伝子解析は、いま歯学で最もホットな領域のひとつ
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