バイオフィルムとは、微生物やその代謝物の集合体です。本研究の対象である「デンタルバイオフィルム」は、歯に付着した細菌叢(細菌の群集)の集合体を指します。
私たちの口腔内には、歯が生える前から複数の細菌が存在しています。その種類は成長とともに増加し、成人の口腔内にはおよそ700種類の菌が存在すると言われています。う蝕(むし歯)や歯周病などはデンタルバイオフィルム感染症であり、構成する細菌の相互作用によって発症することがわかっていますが、その細菌の多くはヒトと共存しているものであり、ゼロにすることはできません。
たとえば、ミュータンス菌がう蝕の要因であることは知られていますが、口腔内での挙動の詳細は判明していません。これまでも「ある時点におけるデンタルバイオフィルムの解析」は行われてきたのですが、ヒトの口腔内で形成される過程や、その際の細菌叢の変化を、長時間にわたって観察し続ける方法がなかったためです。
病気の原因となる細菌叢と、健康状態でも存在している細菌叢には、どのような違いがあるのか? 人間にとって健常なデンタルバイオフィルムとはどのような状態なのか? それは、詳細にはわかっていないのです。
そこで私たちは、ヒトの口腔内におけるバイオフィルムの形成を、経時的・定量的に評価できる口腔内装置を開発しました。in situ デンタルバイオフィルムモデルです。これは、子どもから100 歳の高齢者まで、歯周病やう蝕の患者、健常者など、あらゆるケースの口腔細菌叢と、その経時的変化を確認できる可能性を示しています。
そうです。この装置を用いて、う蝕患者、歯周病患者、健常者のデンタルバイオフィルムの採取、比較分析を行えば「口腔の健康に寄与する細菌」と「病気を引き起こす細菌」の分類が可能になります。そして、共同研究者である鶴見大学歯学部の花田信弘教授が開発したデンタル・ドラッグ・デリバリー・システム(Dental Drug Delivery System; 3DS)を用いて、う蝕および歯周病に関わる因子を選択的に除去することにより、科学的根拠に基づいたデンタルバイオフィルム抑制方法を確立できると考えました。それが、本研究の出発点です。
次世代シーケンス解析技術の開発により、この10年くらいで、デンタルバイオフィルムを構成する細菌の遺伝子レベルでの研究が大きく進展しました。現在も大勢の研究者が、700種類の細菌について競って解析を進めており、日々、新たな知見が生まれています。
口腔細菌の遺伝子解析は、いま歯学で最もホットな領域のひとつ