HOME > 研究者 > 林美加子先生 >「ヒト・デンタルバイオフィルムの次世代シーケンス網羅的解析に基づく制御法の開発」(第1回)

それでは、in situ デンタルバイオフィルムモデルによって新たにわかったことを教えてください。

睡眠時と覚醒時のデンタルバイオフィルムを比較した結果、菌の数に有意差は認められませんでしたが、睡眠時に形成されるバイオフィルムのほうが細菌の密度が高く、微生物が分泌する物質の量も少ない「粘りが強い」状態となっていました。このことから、睡眠時と覚醒時ではバイオフィルムの性質が異なることがわかりました。

さらに、睡眠が与えるバイオフィルムへの影響について調べたところ、就寝前よりも起床直後のほうが、歯周病の病原菌であるFusobacterium nucleatum と Porphyromonas gingivalis の病原遺伝子の発現が上昇していました。つまり、就寝前の歯磨きによって菌の数を減らしておけば、睡眠中の歯周病菌の病原性上昇が抑えられるということです。

「覚醒群」は8時から24時、「睡眠群」は0時から16時の間、マウスピースを装着。装着して8時間後、12時間後、16時間後にバイオフィルムを採取、解析を行った

「寝る前に歯磨きをする」が、歯周病の予防に有効であると、科学的に証明されたのですね。

その通りです。一方で、う蝕の病原菌であるStreptococcus mutans の病原遺伝子の発現は、起床直後は低下していました。これは意外でしたが、就寝前に限らず、歯磨きによって菌の数を減らすことは予防歯科の基本であり、睡眠時は酸を中和する唾液の分泌が低下するため、就寝前の歯磨きは変わらず推奨されるべきだと考えています。

花田教授がミャンマーの小学校で疫学調査を行ったと聞きましたが、それも、デンタルバイオフィルムのサンプリングのためでしょうか。

はい、う蝕多発症(多数の歯面に同時かつ急速にう蝕が広がる病態)患者のデンタルバイオフィルム採取、解析のためです。ミャンマー山岳地帯の、う蝕多発地区で生活する児童50名からデンタルバイオフィルムを採取し、う蝕がある場合とない場合の、微生物データの比較解析が行われました。その結果、Lactobacillus mucosae、Neisseria bacilliformis、Parscardovia denticolens、Prevotella multisaccharivorax の4種がう蝕多発に関与している可能性が高まりました。

大阪大学歯学部では、高齢者に急増している歯根部分がう蝕になる「根面う蝕」に着目しました。附属病院に通院する根面う蝕患者のバイオフィルムの採取・解析を行い、病気の進行度とバイオフィルム形成部位による細菌叢の違いを調べました。すると、Lactobacillus 属、Veillonella 属の割合は、進行したう蝕病変よりも初期の病変のほうが高くなっていました。また、Actinomyces 属、Lactobacillus 属、Veillonella 属、Streptococcus 属の割合は、う窩の浅部よりも深部のほうが相対的に高いことがわかりました。

根面う蝕患者のバイオフィルム細菌叢の解析。進行度や部位によって、バイオフィルムに含まれる細菌種の割合が変化する
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