HOME > 研究者 > 堀切智之先生 > 無条件安全通信による次世代セキュア通信環境の開発(第2回)

計算能力においてスーパーコンピュータをはるかに上回ると期待される量子コンピュータは、大企業の手によって実現し、現在も発展を続けています。将来的には従来のコンピューティングと同様のクラウド化が示唆されていますが、そのためには量子通信ネットワークの構築と量子暗号技術によるセキュリティの実装が不可欠です。

前回は量子暗号技術についてお話しいただきました。第2回のインタビューでは、量子通信の長距離化に不可欠な量子中継の仕組みについて、詳しくお伺いします。

それでは、前回のおさらいからお願いします。

量子通信ネットワークでは、従来の「計算量的安全性」に基づく暗号技術ではなく、「情報論安全性」によって保証された量子暗号(量子鍵配送)技術が実装可能です。これは情報の送信者と受信者が所持する共通鍵の生成を、効率的かつ安全に行うためのものです。その安全性は、盗聴者の存在を検知できるという点においても証明されています。

そして量子鍵配送は、光の最小単位である光子を用いた量子通信で行います。光子は非常に弱い光であるため、長距離の伝送には量子中継が必須です。その中継器の実装には、量子もつれ光源の開発、量子メモリの開発、量子波長変換および周波数安定化などの複数の要素技術が必要であり、本研究ではこれらの技術を統合したシステムの構築を行っています。

現在の情報通信がすべて量子通信に置き換わるのではなく、古典通信に量子暗号技術を付加することで、飛躍的に安全性が高まるということでしたね。

そうです。また、量子通信ネットワークによって量子コンピュータ同士を繋げることができれば、大規模な分散計算が実現します。当然、それらの情報通信にも高い安全性が求められます。

量子通信の長距離化実装は、量子コンピュータの活用や、量子コンピュータ同士を接続した大規模計算を実現するためにも、不可欠なもの

前回少しお話しいただきましたが、異なる場所で生成された量子もつれ光子が、中継点での量子もつれ交換操作によって量子もつれ状態になるという仕組みについて、詳しく教えていただけますか。

まず、A市とC市のそれぞれの「光源」で、量子もつれ関係にある2光子を生成します。そして片方の光子を中継点のB市に送り、もう片方は量子メモリに格納します。B市は2つの量子メモリに、それぞれA市とC市から受け取った光子(の量子状態)を格納します。この時点では、A市とC市の光子にもつれ状態はありません。

次に、B市の量子メモリに格納された2つの光子に対して「ベル測定」を行います。これにより、「A市─B市」および「C市─B市」の量子もつれが、「A市─C市」の量子もつれに拡張されます。ベル測定とは、対象の2粒子がどのような量子もつれ状態にあるのかを測る方法です。

この現象は、量子状態を数式で書き出すと具体的な説明ができるのですが、それでは専門外の人には伝わりにくいので……大雑把に言えば、ベル測定によって得た「もつれ状態」の情報を、B市からA市・C市に送信すると、A市とC市の量子メモリで、その「もつれ状態」の情報が共有されます。その結果、A市とC市が量子もつれ状態になる、というわけです。

量子中継イメージと、開発すべき要素技術

2つの光子が、それぞれどのような「もつれ状態」にあるのかを判定し、その情報を共有することで、2つの「もつれ状態」が1つになる……ということでしょうか。

量子では「(識別不可能な)同一粒子」というものがあります。たとえば、光が50%の確率で透過し、50%の確率で反射する物質を、半透鏡といいます。この半透鏡の左右から識別できない2つの光子ABを同時に打ち込んだときの結果は、2つの光子が透過または反射して、①共に右側に向かって進む、②共に左側に向かって進む、③左右別々に進む、という3パターンのうち、はじめの2つのみが起こり得ます。

その状態の光子を、半透鏡の透過側と反射側に置いた検出器にかけた場合、2つの光子が「同じ方向に進んでいる」という関係性は判別できますが、どちらがAでどちらがBか、反射した光子か透過した光子かの区別はつきません。ですが、もしも2つの光子が識別可能である場合は(たとえば片方が縦偏光、もう片方が横偏光のような識別可能性がある場合)は、偏光を見分ける素子を入れることで、区別できます。そのような性質を利用して(線形光学)ベル測定と呼ばれる測定が実施できるのです。線形光学ベル測定は大雑把に言って不完全なものですが、ともかくベル測定による「もつれ状態の拡張」は、このような量子の性質を利用したものと思ってください。

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