HOME > 研究者 > 堀切智之先生 > 無条件安全通信による次世代セキュア通信環境の開発(第1回)

情報通信に量子を用いるメリットが理解できました。次に、量子通信の長距離化に必須という量子中継について、概要を教えてください。

下の図をご覧ください。A市とC市にそれぞれ設置された「光源」が、量子もつれ光子対を生成する機械です。A市とC市の間にあるB市を中継点とします。

A市とC市は各々で量子もつれ光子対を生成し、光ファイバーを通して片方の光子をB市に送信し、もう片方を量子メモリに格納します(厳密には光子の量子状態をメモリ内の電子スピンや核スピンなどの量子状態として保存する)。

B市は2つの量子メモリに、A市とC市から来たそれぞれの光子(の量子状態)を格納します。この時点では、B市が持つ2つの光子(由来の量子状態)は、A市の量子メモリ内量子状態、C市の量子メモリ内量子状態と、各々に量子もつれ状態にあります。A市とC市のメモリ内量子状態は、量子もつれ関係にありません。

しかし、B市で「ベル測定」という操作を行えば、A市とC市の光子を量子もつれ状態にすることができます。これにより、量子鍵配送が可能になります。ベル測定については次回、詳しくご説明します。

A市とC市の光子は別々に生成され、関わりは皆無。それでもB市での操作によって「量子もつれ状態」になり、量子暗号通信が可能になる

何とも不思議な現象です。量子メモリに格納される前に、波長変換が行われるように見えますが……

量子もつれ光源で生成された光子は、光ファイバーで送信する際に、低ロスで送信できる通信波長です。ただし、量子メモリで保存する際は、さらに別の波長に変換しなくてはなりません。一般的に量子メモリに吸収できる波長帯と、光ファイバーで伝送する際にロスが少ない波長帯が違うためです。

また、光源から生成される量子もつれ光子対は、量子メモリ波長への変換効率、および量子メモリとの結合効率が高くなるように設計しなければなりません。

かなり複雑で高度な仕組みなのですね。この量子中継の仕組みは、先生が考案されたのですか?

いいえ。1998年に量子中継の理論的な提唱があり、2000年代から量子メモリの研究が進展してきました。細部に関しては研究者によって差異がありますが、大まかな仕組みは広く認識されているものです。しかし20年もの間、誰も実証に至りませんでした。

それぞれの要素技術は、分野が異なるように思います。それが原因でしょうか。

そうかもしれません。ほとんどの研究者は、要素技術のいずれかをターゲットに研究を進めてきました。私は先ほどお話ししたように、偶然にも全ての研究開発経験があったため、量子メモリと結合効率が高い量子もつれ光源の開発や、多重化量子通信と親和性が高い量子メモリの開発、通信波長もつれ光子から量子メモリ波長に高効率変換させる波長変換システムなどの設計・開発が可能でした。この技術が、将来的に絶対安全で安心な通信インフラの構築に寄与できれば、と思っています。

光子は遠距離に届けることが難しい。それでも、従来の通信技術にはない特殊な性質が存在するため、量子通信は今も世界中で研究されている

量子コンピュータや量子通信は、一般市民にはまだ馴染みが薄い技術ですが、不可能だったことが可能になるという大きな可能性を感じました。次回は量子中継の詳細について、これまでの研究成果とともにご説明いただきます。

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