HOME > 研究者 > 堀切智之先生 > 無条件安全通信による次世代セキュア通信環境の開発(第1回)

それでは量子鍵配送について、詳しく教えてください。

まずは、最もポピュラーなBB84方式についてご説明します。便宜上、送信者をAlice、受信者をBobとします。また、光ファイバー中では偏光状態が保持されにくいため、一般的には偏光ではなく位相や時間情報を用いるのですが、今回はより分かりやすくするために偏光でご説明します。

はじめに、Aliceが共通鍵の元になる乱数を生成します。ここでは「100110010」とします。

次に、偏光方向の組とビット情報のルールを決めます。ここでは直線偏光の観測で横なら「0」、縦なら「1」。円偏光の観測で右回りなら「0」、左回りなら「1」とします。

そして、Aliceは直線偏光{横、縦}・円偏光{右回り、左回り}をランダムで決定し、光子の偏光状態を「縦、横、横、縦、左回り、右回り……」と操作した上で、それらの光子をBobに伝送します。この時点では、偏光方向の組や偏光状態の情報は、一切Bobに教えません。また、光子は量子通信チャンネルを通じて送ります。

Bobは届いた光子に対し、直線偏光か円偏光かをランダムで決めて受信します。

BB84方式の模式図

そして、すべての光子を受信した後、AliceとBobは古典通信を用いて「直線偏光」「円偏光」と、各光子の偏光方向の組だけ(縦や横などはビット情報そのものなので伝えてはいけない)を伝え合い、異なる偏光方向の組(たとえばAliceは直線偏光を使ったが、Bobは円偏光だった場合など)で観測した情報を破棄します。

これにより、AliceとBobは同一のビット値を獲得します。これが2者の共通鍵になります(より正確には、この後エラー訂正やプライバシー増幅といった操作が入る)。

偏光方向の組が異なっても、統計的には50%の確率で乱数は一致する。しかし、それは完全な一致ではないため、偏光方向の組が異なる乱数は破棄される

Bobに届くまでの間に、第三者がその光子の情報を盗聴した場合、どうなるのでしょうか。

量子暗号の安全性は、盗聴があった場合、高い確率でそれを探知できるという点にあります。便宜上、盗聴者をEveとします。

光子は光の最小単位であり、それ以上の分割はできません。光子を観測するということは、光検出器で光を吸収する、すなわち光子を破壊する行為です。つまりEveが光子を盗み、そのままにしておくと、Bobに届く光子は減ります。すると、量子通信路を通り抜けた光子とBobに届いた光子の数が統計的にずれるため、盗聴行為がバレてしまいます。

Eveが盗聴をバレないようにするためには、Aliceが送った光子と同一の偏光状態の光子を作成し、Bobに送らなければなりません。しかし、Eveはそれらの情報を持たないため、偏光状態はランダムになります。つまり、Eveの盗聴があってBobに光子が届いたときのビット誤り率は、4分の1となります。

AliceとBobはビット列を生成した後、その通信におけるEveの存在の有無を確認するため、ビット列の一部をサンプルとして最終的な答え合わせをします。Eveが存在した場合はサンプルのビットが100%では一致しなくなるため、AliceとBobは情報漏洩が起きたことを認識し、その共通鍵は破棄されます。

従来方法では盗聴者の検知は困難でしたが、観測によって消失する光子なら、それが可能になるのですね。「量子もつれ光源」は、普通の光子とは違うのでしょうか。

「量子もつれ(エンタングルメント)」という状態にある2つの光子は、片方をある方法で観測(たとえば上の例で直線偏光を見分ける、つまり縦なのか横なのかを見分ける測定)した場合、もう片方も同じ方法で観測すれば、完全に同一(厳密にはビット値で言えば反転した相関である状態もある)の観測結果が得られるという性質があります。

量子鍵配送に量子もつれ光子対を用いる場合は、Aliceが偏光を操作するのではなく、別の場所で生成された量子もつれ光子をAliceとBobに1つずつ分配します。AliceとBobはともにランダムに直線偏光または円偏光で観測し、その後はBB84方式と同様に観測に用いた偏光方向の組を2者で伝え合い、一致した情報のみを採用します。

これが、量子中継によって長距離量子通信を行う際に用いる量子暗号技術です。量子中継器とは、量子もつれを共有するためのデバイスとも言えます。

量子もつれ光子を生成する光源をAliceのローカル部分に設置し、そこからBobに伝送した場合、BB84方式と同じ状態になる。そのため量子もつれ光子を用いた方法も、BB84方式と同じ安全性を有する
Copyright(C) SECOM Science and Technology Foundation