HOME > 研究者 > 林健司先生 > 分子を認識する二次元プラズモニックガスセンサアレイによる匂いの痕跡識別システム(第2回)

多くの揮発性化学物質(匂い物質)から構成される匂いは、病気の診断や人の識別・探索の手掛かりとなるなど、情報ソースとして非常に大きな可能性を秘めています。しかし、脳や感覚器の特性ゆえに、人間は匂いを情報としてうまく活用することができていません。そこで林先生は、匂いを構成する匂い物質に着目し、これにアプローチする画期的なセンサを開発。従来の匂いセンサシステムでは不可能だった、さまざまな技術課題が克服されつつあります。 

第2回では、第1回でも触れたLSPRフィルムの詳細、センサを搭載した災害時に役立つロボットや、今後の展望などにについて伺います。

第1回の復習をかねて、匂い研究が難しい理由、匂いの情報を可視化するメリットについて教えて下さい。

匂いには、空間的な配置や形状、時間的な変化がありません。それゆえ、人間の脳や感覚器は、匂いを情報として認識したり、利用したりすることが苦手です。また、匂いは非常に多くの匂い物質から成り立っているため、すべてを網羅することは不可能ですし、画像や音声とは違って録画・録音し、情報を再生することもできません。その上、匂い物質の種類や、その量を羅列しても、それがどのような匂いなのか知ることはできません。つまり、匂いに関する研究は非常に困難なのです。

しかし、匂いの成分情報や空間分布情報を視覚で認識できる画像情報に変換できれば、嗅覚の退化した人間にも理解しやすくなり、災害現場での人の探索や犯罪の捜査、セキュリティ確保などに役立てることができます。本研究で作製した「高速匂い応答二次元ガスセンサ」は、膨大な匂い物質の情報を取得し、可視化することを目指すものなのです。

匂い成分を可視化する手法の一つとして、前回、LSPR現象を応用したLSPRフィルムについて教えていただきました。匂い物質に反応する金属ナノ粒子は、Auだけなのでしょうか。

準備研究で開発した「匂いが見える鏡」には、AuとAg(銀)の金属ナノ粒子が用いられています。AuとAgでは、匂い物質に対する応答性が異なるので、匂いの識別が可能なのです。

この鏡も、匂い物質を近づけると金属ナノ粒子のLSPR現象に変調を起こし、色や光の透過性が変化します。この性質を利用して、本格研究1年目はエタノール水溶液で書かれた文字に鏡を近づけ、裏面から光を当てて反射光を撮影することで、匂いの痕跡を可視化する実験に取り組み、成功しました。

匂いの発生源に接触することなく、匂いの空間分布を可視化する。これも、このセンサの大きな特長です。

なお、この「匂いが見える鏡」のように、特性の異なる金属ナノ粒子を用いたセンサや、金属ナノ粒子を二次元状に配列したセンサは、本研究のオリジナルです。これらに関しては、非常にうまくいったと自負しています。

「匂いが見える鏡」を用いた匂い痕跡撮像システム:鏡を匂いの痕跡に近づけ、裏面から光を当てて反射光をカメラで撮影することで、目に見えないエタノール水溶液で書かれた“U”の文字の可視化に成功した

LSPRフィルムに使われている金属ナノ粒子は、全ての匂い物質に反応してLSPR現象の変化を起こすのでしょうか。

フィルムの表面には、特定の分子のみを通過させたり、吸着したりするフィルタ膜をつけています。そのため、フィルムに使われている金属ナノ粒子は、特定の匂い物質にのみ反応します。

フィルタ膜の開発は本助成を受ける前から取り組んでおり、準備研究~本格研究1年目には、高機能化の取り組みに一定の成果を得ることができました。現在は、特性の異なる分子フィルタ膜をLSPRフィルム上に高密度で形成することで、一度に多種類の匂い物質を識別できる匂いセンサ画像アレイを開発中です。

LSPRフィルムを用いた匂い可視化のイメージ

匂い物質を近づけてから色や透過性が変化するまで、どれくらいの時間がかかりますか?

LSPRフィルムや「匂いが見える鏡」に匂い物質を近づければ0.01秒以下で、表面にフィルタ膜をつけた状態でも、1秒以下で色や透過性が変化します。したがって、センサの応答性は非常に良く、匂い物質を高速で検出することができます。

この応答性の良さはLSPRセンサの特長の一つであり、ロボットにも生かされています。

高速匂い応答二次元ガスセンサはその名の通り、スピーディーに匂い物質に反応するため、非常に優れた応答性を有している
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