HOME > 研究者 > 林優一先生 > サプライチェーンからフェイクチップを排除する電磁的フィンガープリント技術の開発 (第1回)

近年、世界的な半導体不足と不安定な世界情勢により、サプライチェーンに綻びが生じる事態が多発しています。正規ルートとは異なる部品調達を余儀なくされた場合、偽造品や模造品、あるいは経年劣化した「フェイクチップ」が電子機器の製造過程で使用される危険性が高くなり、それが基幹インフラや航空宇宙関連、医療・健康機器などに混入すれば、社会の安全安心が脅かされる事態となります。

しかし、そうした不正な半導体チップ、とくに「経年劣化した正規品」を判別し、サプライチェーンから排除する方法はいまだ確立されていません。奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科の林優一教授は、神戸大学・東北大学の研究チームとともに既存の真贋判定技術とは異なる、新しい技術開発に取り組んでおられます。その研究内容について、お話を伺いました。

以前、挑戦的研究助成を受けておられた時のインタビューでもお聞きしましたが、先生が情報分野にご興味を持たれたのは、アマチュア無線がきっかけでしたね。

そうです。アマチュア無線のような「人と人を繋げる技術」に興味を持ち、学部の卒業研究では情報通信ネットワークの研究に取り組みました。大学院に進学したときに研究テーマが電磁気学に移ったのは、ネットワークの研究をやりながら、下のレイヤーである物理層を融合させた研究にも取り組みたいと考えたからです。

博士後期課程のときに、現在の共同研究者である本間尚文先生(東北大学電気通信研究所 教授)と出会いました。本間先生は当時からハードウェアセキュリティの研究をされていて、電磁気学も応用できる可能性がある分野であることから一緒に研究をスタートさせました。その後、ポスドクではサイドチャネル評価(機器が暗号処理を行う際に生じる放射電磁波等の副次的な情報を解析して秘密鍵を復元する技術)の研究を、研究室を主宰するようになってからはセキュリティと電磁波を融合させた領域で研究を進めてきました。

今回の研究課題名にある「フェイクチップ」とはどのようなもので、なぜそれが電子機器の製造過程に混入するのでしょうか。

私たちの生活に不可欠なスマートフォンや自動車、医療健康機器や公共交通などに関わる電子機器の各部品は、さまざまな場所で製造され、最終的に機器メーカーやEMS(製造受託企業)の組み立て工場に集められて、製品化されています。

このサプライチェーンが正常に動いているときは問題ないのですが、何らかの理由で正規の販売ルートから部品の供給ができなくなった場合、普段とは異なるルート、すなわち一般の市場から部品を調達することになります。しかし、一般の市場には偽造品や模造品、あるいは経年劣化した部品が出回っている可能性があります。これらが製品に組み込まれてしまう危険が生じるのです。

パンデミックや地政学的リスクによってサプライチェーンが正常に動かなくなる事態は、以前から警告されていた。近年、それが現実の課題として浮上している

信用できる正規の部品メーカーではなく、それ以外の相手から部品を購入しなくてはいけない事態になり、リスクが生じるということですか。

部品メーカーが余剰在庫を処分するために市場に売却したものであれば、正規品なので問題ありません。しかし、とくに半導体チップなどの需要が高い部品や、品薄になっている部品、製造が終了した部品などは、模造品業者が安く仕入れて高額な価格をつけて、市場に流しています。

とくに悪質なものは、廃棄された機械類を分解して基板から半導体チップを剥離し、印字を新しく刻印したりして新品に見せかけて販売する、というケースです。外見のみを高額な部品と同じ状態にして、中身はまったく違うものが市場に投入されることもあります。

後者については、たとえば購入した「1TBのUSBメモリ」をパソコンに差し込んだところ、「20GBしか書き込めなかった」というケースであれば、すぐに模造品とわかります。

一方、経年劣化した部品が「新品」として市場に出ているケースは見分けが極めて困難です。中身が10年以上使用された半導体チップであっても、外装を新品同様に整えられてしまえば、購入者がそれを見破ることはほぼ不可能です。

最先端の部品で違法な模造品が出回るのはわかるのですが、品薄になったものや製造が中止されたもの、いわゆる「古い部品」のフェイクチップも、高額で売買されるのですか。

自動車や飛行機など、長期使用を前提とする製品は一定期間のメンテナンスが義務付けられている場合があります。そのため製造から年数が経過した部品が必要になりますし、部品メーカーも在庫の保持を求められます。

ところが実際はメーカーが在庫を切らしているケースがあり、その場合、メンテナンス業者はやむを得ず一般の市場から部品を調達して整備することになります。経年劣化した部品であっても、性能面において正規品と大きな違いがなく、組み込んだ際に問題なく機能するのであれば、そのまま使用されてしまいます。そして、その部品を搭載した機械はある日突然正常に動作しなくなる恐れがあります。こうした事態は使用者の安全を脅かすだけでなく、メンテナンス業者としても信用にかかわるため、市場に投入された劣化品を見分ける技術が必要とされているのです。

正規品かどうかを見分ける技術は、メーカーが開発しているのではないでしょうか。

半導体メーカーはこうした問題を把握しており、電子機器に搭載された半導体チップの真贋を判別する技術(PUF等)の開発に取り組んでいます。市場に流通している製品を調査し、模造品が組み込まれていた場合は販売業者を提訴したり、販売中止を要請したりできます。

ただし、それは半導体メーカーが自社の半導体チップの真贋を見分けるための技術です。メーカーから設計や組み立てなどを受託した製造会社やメンテナンス業者は、これらの技術を使用することができません。

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