HOME > 研究者 > 渡辺賢二先生 > 腸内細菌由来新規大腸がんリスク要因、コリバクチンの発がん機序解明と予防法の確立(第2回)

大腸がんの患者数は増加の一途を辿っており、その予防と治療は喫緊の課題です。渡辺先生の研究グループは、有機化学実験で培われた化合物分離と精製のノウハウを生かし、大腸がんの原因物質であるコリバクチンの化学構造を世界に先駆けて決定されました。そこで得られた知見を応用し、がんの予知や予防にも取り組んでおられます。インタビュー第2回では、既存の大腸がん検診の問題点と、それを解決する新しい検査方法の開発、そして、食生活の調査で明らかになった食事による予防効果などについて伺いました。

先生は大腸がんに対する新しい検査方法を開発しておられますが、既存の大腸がん検査にはどのような問題があるのでしょうか。

現状の保険適用で行われる健康診断では、大腸がんのリスクを便潜血法で調べます。便に血液反応があれば、腸内の炎症が疑われるため、精密検査へ進み、そこで大腸がんの可能性が濃厚であれば内視鏡検査に進む、という段取りです。

しかし、この検査方法には大きな問題があります。陽性、すなわち血液が検出された人のほとんどが、大腸がんに関しては偽陽性であるという事実です。陽性者の実に60%以上において、その出血は大腸の炎症ではなく、痔に由来すると言われています。つまり便潜血法は、大腸がんの検診として患者を納得させるだけの医学的根拠がないのです。

もう一つの問題は、従来の検診が、がんの早期発見の域を出ていないことです。例えば腫瘍マーカー検査ではがん細胞の代謝物を測定しますが、その検出はすなわち、既にがんが進行していることを意味しているのです。

これに対して私たちは、将来的な大腸がんのリスクを高精度で予知できる検査方法を開発しました。

それではさっそく、先生の開発されたコリバクチン産生菌検出プローブの仕組みを教えてください。

前回のインタビューでお話ししたように、大腸菌の内部で生成された「プレコリバクチン」は、排出される際に、ClbP酵素という加水分解酵素によって2つに切断され、片方が毒性を持つコリバクチンになります。そこで私たちは、プレコリバクチンにおけるコリバクチンの代わりに、蛍光分子を付与したプローブを開発しました。検体内にClbP酵素が存在すれば、蛍光分子が切り離されて発光します。これにより、便から簡単に高精度でClbP酵素、ひいてはコリバクチン産生菌を検出する方法が確立できました。

この発明は、日本と米国で特許権を取得しました。また、検診システムを実用化してベンチャー企業、株式会社アデノプリベント(https://www.adenoprevent.jp)を設立し、これまでに30,000件の検診を行っています。

コリバクチン産生菌検出プローブの概念図。すでに実用化され、トヨタ自動車やJAL、三菱商事などの健康保険協会が行う人間ドッグの2次検査やオプション検査に採用されている

産生菌の存在を検出することで大腸がんのリスクを予知できる、革新的な検査ですね。

コリバクチン検査は産生菌そのものを検出する検査ですが、人の体が作る抗体を利用すれば、血液検査によるリスク判定も可能だと考えています。

コリバクチン産生菌が体内にあれば、体はそれを異物と感じて抗体を作ります。抗体は血液に含まれるため、その抗体を検出する方法が確立すれば、血液検査によって保菌者かどうかが判断できます。

私たちは今、人体がコリバクチン産生菌に対してどのような抗体を作るかを調べています。将来的には、便からコリバクチン産生菌を検出する検査と、血液から抗体を検出する検査の両方を行えば、精度の高い判定が実現できると期待しています。

信頼度の高い検診でなければ、受ける意味を感じてもらえない。基礎的な研究から得られた知見を駆使して、確実に大腸がんに迫れる検診を目指す
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