その疑問には、これまで答えがありませんでした。そこで今回、感染経路を徹底的に調べました。
出産を控えたたくさんの方に協力をお願いして、産後、母親の便と赤ちゃんの便、分娩方法、育て方のデータを集め、机の上に全て並べて、ひたすら考えました。すると、徐々に感染経路が見えてきました。
まず、母親が非保菌者であれば子も非保菌者である。母親が保菌者でも、子は非保菌者である例がある。これは帝王切開のケースでした。すなわち、自然分娩の場合には産道感染することが示唆されます。
また、人工乳で育った子に感染者は少なく、母乳で育った子の方が感染者が多いことも分かりました。帝王切開で生まれた子でも、母乳で育てると感染した例がありました。
継続的に調べると、生後1ヶ月で保菌者が27%になりました。これは、健康な成人における保菌者の割合と一致しています。つまり、コリバクチン産生菌は母子感染で、なおかつ生後1ヶ月で、感染・非感染が決まり、それ以降は変化しないことが明らかになったのです。
一番大切なのは、がんの予防です。例えば胃がんの場合、ピロリ菌保菌者の胃を抗生物質で除菌することにより、胃がんの発症リスクを格段に下げられます。
しかし、コリバクチン産生菌はピロリ菌のように簡単には除菌できません。大腸内には腸内細菌叢があり、2500種類もの微生物がいます。ここに抗生物質を入れると腸内細菌を殺してしまうので、消化活動や免疫を制御できなくなり、大腸としての機能を失ってしまうのです。
したがって、大腸がんの罹患リスクを取り除くには、2500種類の菌の中からコリバクチン産生菌を選択して滅菌する方法を見つけなければなりません。そのためにはまず、コリバクチン産生菌だけに反応する抗体を得る必要があります。
コリバクチン産生菌の死菌をマウスに注射して、体内で抗体を作らせます。1種類の大腸菌に対して何種類もの抗体ができてしまうため、スクリーニングを繰り返して、ターゲットの大腸菌だけに特異的に結合する抗体を絞り込む必要があります。
選択性の高い抗体を得るためには、抗原であるコリバクチン産生菌が、細胞表面に特徴的な構造物を持っていることが必要です。私たちははじめ、ClbP酵素の一部が大腸菌の表面に出ているのではないかと考えました。ところが、実際に得られたコリバクチンの抗体とClbP酵素とを混ぜても反応せず、ClbP酵素はエピトープ(抗体が抗原を認識する部位)ではないことが分かりました。
解析を進めると、コリバクチン産生菌の表面にある糖鎖がエピトープの働きをすることが明らかになり、それに伴って、選択性の高い抗体も得られました。将来的には、この抗体を利用してコリバクチン産生菌の増殖を抑え、排出する方法で、腸内の産生菌を減らせると考えています。さらには、抗生物質を付加した抗体を合成すれば、抗体が認識したコリバクチン産生菌を抗生物質が滅菌することも可能かもしれません。このような、抗体を利用した医薬品も構想しています。

構造が似た大腸菌が複数あるため、特定の大腸菌に対する抗体を作るのは難しい。コリバクチン産生菌とそれ以外の大腸菌との違いが表面構造に現れているのかどうかすらわからない状態からのスタートだった