HOME > 研究者 > 渡辺賢二先生 > 腸内細菌由来新規大腸がんリスク要因、コリバクチンの発がん機序解明と予防法の確立(第1回)

大腸がんの患者数は年々増え続けており、その予防や早期発見、そして確実な治療法が渇望されています。医療の進歩により、罹患リスクの低減や早期発見を行うことができれば、がんを克服することは可能になりつつあります。しかしこれまで、大腸がんの原因物質の実体が不明であることに加え、精度の高い検査方法が確立されておらず、リスクの低減や早期発見といった、治療に先立つ対策を立てることができていませんでした。

静岡県立大学の渡辺賢二先生は、大腸がんの罹患と発症メカニズムの解明、さらには予防と治療方法の確立を目指して研究を続けておられます。ご研究内容について、詳しくお話を伺いました。

まずは、ご研究の対象である「コリバクチン」について、教えていただけますか。

2006年にフランスのパスツール研究所の研究グループが、大腸がんの原因となる毒性物質を作り出す大腸菌を発見し、その毒性物質をコリバクチンと名付けました。

この大腸菌とコリバクチンとの関係は、胃がんにおけるピロリ菌とその毒性ペプチドとの関係にあたります。大腸がん患者のおよそ7割がコリバクチン産生菌を保持しており、コリバクチンが大腸がんの発生に確実に寄与することが示されています。

コリバクチンの発見が発表された2006年の時点では、毒性物質を「コリバクチン」と命名したものの、その化学構造は決定できていませんでした。ある大腸菌と人の細胞を混ぜ合わせると、染色体の複製ができなかったり、細胞が肥大したり、DNAが剪断されたりする現象が観測されたので、細菌(Bacteria)の一種であるこの大腸菌(Escherichia coli)が「何か」を作っているとして、その物質をコリバクチン(colibactin)と呼称したのです。

世界的に見ても、大腸がんの患者数は年々増加しています。大腸がんの原因物質であるコリバクチンへの注目度は高かったのではないですか。

その通りです。2006年の発表以来、コリバクチンの化学構造を突き止めることが、世界的な競争になりました。非常に厳しい競争でしたが、本研究によって、私たちが世界で初めて生産菌からコリバクチンを単離してその化学構造を決定し、2021年の米国化学会誌(JACS)で報告することができました。

コリバクチンの化学構造の決定は、なぜ難しかったのですか。

理由は2つあります。1つは、コリバクチンの生産量が極めて少ないことです。400リットル培養液でコリバクチン産生菌を培養しても、そこから採取できるコリバクチンは1mgに満たないほどです。

もう1つの理由は、コリバクチンが非常に反応性の高い、不安定な物質だったことです。大腸菌から放出されたコリバクチンは、人の細胞内であればすぐにDNAに結合します。一方で、培養液中にコリバクチンが排出されると、周囲の水分子が付加してたちどころに加水分解されてしまうのです。

そこで我々は、生成条件を変えたり、コリバクチンを安定化させたりして、試行錯誤の末に物質を捉えて精製することに成功し、構造決定を行いました。

大腸菌を培養する装置。容器を攪拌することで、空気の流れが生まれて大腸菌の培養が効率的に進む
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