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腸内細菌由来新規大腸がんリスク要因、コリバクチンの発がん機序解明と予防法の確立(第1回)

静岡県立大学

Kenji Watanabe

不安定な化合物であるコリバクチンの構造決定は、セレンディピティをはたらかせることによって実現したのですね。ところで、コリバクチン産生菌の内部には、分解される前のコリバクチンがあるのでしょうか。

もしコリバクチンが産生菌自身のDNAに結合すれば、自分が死んでしまいます。従って、自分の染色体にコリバクチンを結合させないための仕組みがあるのです。

実は、コリバクチン産生菌は、菌の中では無害の前駆体(プレコリバクチン)を作り、それを菌の外に出すときに、コリバクチンの完成体にして排出することが知られています。細胞膜を通過するときにプレコリバクチンを加水分解してコリバクチンにできる酵素を持っているのです。コリバクチン産生菌に特有のこの酵素は、ClbP酵素と名付けられています。

毒性物質の生産菌だけでなく、抗生物質生産菌も、自分が死なない仕組みを持っている。例えば、抗生物質生産菌のおよそ60%は、作った抗生物質を体外に排出する強力なポンプを持っており、細胞内の抗生物質の濃度を極端に下げていることが分かっている

ここまでお話を伺って、コリバクチンとその産生菌の実体がかなり明確に分かってきました。

コリバクチンの構造や産生菌の性質を化学的に解明することによって、大腸がんの予知や予防、治療へのアプローチが具体的に見えてきます。

胃がんの原因であるピロリ菌を抗生物質で除菌すれば、胃がんのリスクが格段に下がることが知られています。かつて日本人には胃がんで亡くなる人が多かったのですが、ピロリ菌を制圧することによって、胃がんの患者も、胃がんで亡くなる人も減りました。

同様に、大腸がんの原因となるコリバクチン産生菌を排除することができれば、大腸がんの発症リスクが大幅に下がり、罹患者を減らすことができると期待しています。

大腸がんの原因物質であるコリバクチンの化学構造を世界で初めて決定した渡辺先生。長年の経験で培われたノウハウを生かした化合物の分離や精製の過程について、詳しくお話しいただきました。次回は、明らかになったコリバクチンの化学構造を利用して開発したコリバクチン検診や、コリバクチン産生菌の感染経路、さらには食生活の改善によるがん化の予防についても伺います。

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