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腸内細菌由来新規大腸がんリスク要因、コリバクチンの発がん機序解明と予防法の確立(第1回)

静岡県立大学

Kenji Watanabe

コリバクチンを単離するうえで、生産量が少ないという問題はどのように解決されたのですか。

コリバクチンの研究は世界中で行われていて、標準菌とされている株があります。しかし今回私たちは、標準菌の30倍以上ものコリバクチンを作り出すコリバクチン産生菌を発見しました。

この強毒性の産生菌は、浜松医科大学の椙村春彦先生が提供してくださった、大腸がんの患者の腫瘍部から分離しました。がんの腫瘍部にはコリバクチンを大量に作る強毒性のコリバクチン産生菌がいることが分かったのです。

コリバクチン生産能力の高い菌を得られたことで、コリバクチンの精製と構造決定への道のりが大きく拓けました。

新しく発見された産生菌の株を用いて、コリバクチンの化学構造を決定されたのですね。具体的には、どのようなアプローチをされたのですか。

大腸菌の培養液中には、コリバクチンだけでなく、大腸菌が作り出したさまざまな化合物が混在しています。百種類もの化合物から、コリバクチンだけを単離しないといけない。しかも、コリバクチンは不安定で、すぐに分解されて消えてしまう。

単離するためには、有機溶媒と水のどちらに溶けるか、酸性溶媒とアルカリ性溶媒のどちらに溶けるか、などを見極めて、複数の精製過程を踏まねばなりません。分離のたびに化学分析してターゲットがどこにあるか確認していると、その間に分解されて失われてしまいます。

しかし、何回も実験を重ねるうちに、どのような分離をすれば目的の化合物がどこにくるかが、逐一確認しなくても感覚的に分かるようになりました。いわば職人芸であり、勘がはたらいてくるのですね。これをセレンディピティと呼びます。直感的に、ある程度分離できていて、この溶媒内にあるはずだ、と見当がついた段階で初めて、NMRを用いて化学構造を解析したのです。

その解析結果を見ると、「確かにある。でも、ちょっと違う」。コリバクチンは左右対称に近い構造の、比較的大きな分子であることまでは分かっていました。しかし、その代わりに、コリバクチンが真っ二つに分かれたと思われる分子が検出されたのです。

核磁気共鳴(NMR)スペクトルから、物質の化学構造を決定する装置。物質が単純な構造かつ大量にあれば、数秒で化学構造を決定できることもあるが、コリバクチンは試料が少ないため、1週間かけて積算しても満足なスペクトルが得られなかったという

その2種類の化合物から、コリバクチンの構造を解明されたのですか。

そうです。幸いなことに、分解物は比較的安定な分子であったため、精製してそれぞれの化学構造を決定することができました。

さらに、真っ二つに分かれたということは、結合部にジケトン構造があったはずだと考えました。ジケトンとは、ある有機化合物の総称です。これを安定化させるオルトフェニルジアミンを培養液に入れてみました。すると今度は予想どおり、2つの分子が分かれずに、中心でジケトンと接合した化合物が得られたのです。この分子からオルトフェニルジアミンを除いた構造が、コリバクチンとして決定されました。

コリバクチンの産生と分解のプロセス。経験によって培われたセレンディピティが、化学構造の決定という実を結んだ
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