HOME > 研究者 > 植野彰規 先生 > 見守りバイタルビッグデータ収集に資する非接触・無拘束型の敷布感知警報システム開発(第2回)

東京都の高齢者福祉施設の収容人数は、これまで周辺地域の協力によって維持されていましたが、2025年には要介護高齢者数が収容可能人数を超えると予見されています。医師・看護師・介護士の不足や偏在が危惧される一方で、近年はICTによる遠隔医療も発達してきました。 

第2回のインタビューでは、植野先生が開発された電極センサシートの他の部位への応用や、活用が期待されるシーンについてお話を伺います。

それでは、前回のおさらいからお願いいたします。

本研究は、医療・看護・介護が一体となった24時間サポート体制づくりを実現するツールとして、一般家庭や高齢者福祉施設でも容易に導入・使用できる見守りバイタルモニタの開発を目指しています。

ベッドシーツの下に電極センサシートを敷き、その上に対象者が着衣状態で寝るだけで、脈動、呼吸、離在床、体動、心電図、筋電図、インピーダンスを同時に計測し、それらの数値から血圧相対値と体水分量も推定できるよう進めています。さらに、バイタルに異常が検出された際は、家族や主治医など関係者の携帯端末やタブレットへ警告が送られ、疾患の早期発見や予防に繋げます。

開発したのは電極センサシートと計測装置、バイタルデータを施設内サーバやクラウドに送信する情報制御・無線通信ユニット、中央モニタやタブレットに表示させるためのソフトウェアなどです。個人情報の漏洩や不正侵入によるなりすましを防ぐセキュリティ機能についても検討中です。

バイタルの異常発生は、どのように判断するのですか。

徐脈や頻脈は1分間の心拍数、徐呼吸や頻呼吸は1分間の呼吸数から判断できる数値が存在するため、その情報を基準に設定します。心電図の異常は、例えば心筋梗塞が生じたときの心電図データが公開されているので、その情報を活用しています。

ただし、公開されている心電図データは肌に直接電極を貼って計測したものなので、そのまま本システムに適用できません。そこで、衣類を介して計測した際のデータに変換するモデル実験系を構築しました。現在は、変換データから不整脈を検知する複数のアルゴリズムについて、有効性を比較・検討しています。

また、病院や福祉施設でよく問題になっているのは「異常を報せる警告音が鳴ったので部屋に行ってみると、装置が外れただけだった」というケースです。これがあまりにも多いと、職員が警告音に慣れて本当の危険を見逃してしまうオオカミ少年効果が発生してしまいます。本システムでは「離床」と「断線・短絡」を区別する方法を考案することで、この問題を解決しました。

そういえば、高齢者福祉施設でヒアリングを行ったと聞きました。

はい。先に大枠のデザインを決定し、電極センサシートの試作品を持ってヒアリングを行ったところ、現場職員から様々な要望をいただきました。例えば、離床時にはカメラで動画を撮影して介護士の端末に送ってほしいというニーズがあり、そのシステムも並行して開発しています。

その他にも、失禁対策として絶縁性が高い防水シートを敷いているベッドがある、体重の軽い高齢者が厚手の服を着ているケースがあるなど、計測が難しい環境がいくつも存在しました。これに対応するため、初段回路の改良や新回路の導入を行い、感度と安定性を高める等の工夫も重ねていきました。

アナログの回路は小型化や省エネ化が推し進められているイメージが強いのですが、新しい回路の開発も続いているのですね。

はい。この回路設計で最も大きな課題は、静電気対策でした。静電気は数千ボルトの高電圧であり、乾電池の数千倍です。その静電気をまとった人間の心電図を計測するためには、その数百万分の1程度の小さな信号を取り出す必要があるため、静電気を速やかに放電させる技術がカギとなります。一方で、放電するためには回路の感度を落とさなければなりません。

微弱な信号の検出には高い感度が必要ですが、感度を高くすれば静電気をなかなか放電できません。この矛盾を解決するため、入力インピーダンスを高めて感度を上げつつ、静電気のような高電圧が発生した際には直ちに放電する仕組みを構築しました。この回路は心電図だけではなく筋電図もきれいに検出できるため、枕型センサの研究にも大いに貢献しました。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で実証実験が遅れてしまったが、介護現場で「困っていること」を解決できるシステムを目指している
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