HOME > 研究者 > 植野彰規 先生 > 見守りバイタルビッグデータ収集に資する非接触・無拘束型の敷布感知警報システム開発(第1回)

疾病の予防や治療には、身体が示すさまざまなバイタルサイン(心電・呼吸・血圧・体温)を定期的に計測し、観測する必要があります。しかし高齢化の進行や在宅医療・在宅介護の推進が進む今日においては、病院に備えられているような複雑な医療機器ではなく、より簡便かつ安全に測定できる方法が求められます。 

そこで、生体医工学分野で生体信号のセンシング回路の開発に携わっている東京電機大学大学院工学研究科の植野彰規先生に、新しいIoT医療・介護機器についてお話を伺いました。

まずは、今回のご研究に着手されたキッカケについて教えてください。

キッカケは、2003年に育児用品メーカーの研究所長(当時)から「保育器内の赤ちゃんに電極を貼らずに、タオルなどを介して心電図を測りたい」という相談を受けたことです。低体重で生まれた赤ちゃんは容体が急変しやすいため、体の3カ所に心電図を測定する電極が貼られますが、皮膚も非常にデリケートなので電極交換時に剥離する場合があり、可能な限りセンサ類を貼りたくないとのことでした。また、母親が我が子と対面したとき、コードだらけの姿にショックを受けるという問題もありました。

最初は、まったくアイデアが思い浮かびませんでした。心臓の電気信号は成人であっても1mV前後、新生児なら数百μVという微弱さです。それを、布地という絶縁体を介して測定することは、極めて困難だったのです。しかし工学的視点で考えていくうちに、容量結合の応用を思いつきました。また、ある先生からNASAの絶縁物電極について教えていただいたことも大きなヒントになり、非接触・無拘束型の電極センサシートに至ったのです。

あの電極パッドを貼らなくても心電図が測定できるとは、想像がつきません。容量結合の応用とは、どのようなものでしょうか?

人体は導体であり、布地や衣類は絶縁体、電極センサシートは導体です。そのため、電極センサシートを敷いたベッドの上で人間が横になると「導体─絶縁体─導体」のサンドイッチ構造になります。実はこの構造は、コンデンサと同じものです。

コンデンサは絶縁体を挟む2枚の金属板(電極)で、一般的に「直流電流は通さないが、交流電流は通す」という性質が知られています。これは電子が絶縁体を通り抜けているわけではなく、交流電流は電流の向きが周期的に変化するため、充電と放電を繰り返すことになり、結果的に「電子が絶縁体を通過したような状態」になるのです。

心臓や筋肉を動かす電気信号は交流電流ですから、この原理を応用することで、シーツや衣服という絶縁体があっても計測可能な方法が構築できました。

スクリーン印刷で作成した電極センサシート(左)と、2次試作の計測装置(右)。電極センサシートの表面と裏面はPETフィルムで被覆し、間に導電性の材料がパターニングされている

新生児のためのセンサから、要介護の高齢者を対象としたシステムへと発展させたのは、なぜですか。

「2025年問題」をご存知でしょうか。東京の高齢者福祉施設のベッド数は必要数よりもはるかに少なく、埼玉県や千葉県、神奈川県などの周辺地域でカバーしている状態です。しかし今後、高齢者数はさらに増加し、収容可能人数を大幅にオーバーすると予見されています。  

そうなれば医師・看護師・介護士の負担は増大します。厚生労働省は平成30年に、医療・看護・介護が一体となって24時間サポートを行う体制づくりに向けて諸制度の改革を行いました。それに伴い、一般家庭や高齢者福祉施設でも使用可能な、見守りバイタルモニタの開発が求められました。その装置やシステムは、一般家庭でも簡単に導入・使用・メンテナンスができて、かつ安全安心のものでなければいけません。それを生み出すことが、本研究の目的です。

開発中の「非接触・無拘束型の敷布感知警報システム」の社会実装イメージ
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