HOME > 研究者 > 植野彰規 先生 > 見守りバイタルビッグデータ収集に資する非接触・無拘束型の敷布感知警報システム開発(第1回)

測定、情報共有、異常時の警告まで可能なのですね。基本バイタルの他にも、体の変化を捉えることは可能でしょうか?

呼吸筋は呼吸時に収縮と弛緩を繰り返しますが、咳をするときは急激に収縮し、筋電図が発火(活動電位が生じること)します。この咳嗽筋活動は心電図用の電極からも検出が可能で、咳の回数や強さを測ることができます。  

高齢者は誤嚥性の肺炎で亡くなる方が多く、早期発見が重要です。肺炎に罹ると就寝時の咳や呼吸数、心拍数が増加する傾向になると言われています。そこで、回路定数を一部変更して、呼吸筋由来の運動の検出と解析を実現しました。

また、脱水症状を防ぐため、体水分量の計測にも取り組んでいます。絶縁層を介したimpedance spectroscopy(IS)を実現するための方法も、新たに考案しました。

(左)容量結合式の電極と非正弦波発振回路の組み合わせにより、短時間impedance Spectroscopyを実現できる (右)試作感知装置の回路定数を一部変更することで、咳嗽筋活動を検知できる

幅広い疾患の早期発見や、適切な治療、術後のケアに繋がるのですね。

この装置でさまざまなバイタルを検出できるようになったとき、医療や介護の現場にどのようなメリットをもたらすのか調べたところ、日本人の死因の約7割にあたる疾患や事故に対して貢献できることがわかりました。

死亡原因の1位であるがんには、抗がん剤を投与している患者さんの心電図を測定し続けることで、投薬の影響を逐次確認しながらの治療継続判断が可能になります。終末期ケアでは、まず血圧が計測できなくなり、次に呼吸が浅くなっていくという状態変化の順番がわかっているため、家族にお伝えして心の準備をしていただくことができます。

2位の心疾患に対しては、不整脈の早期発見、術後の管理に有効です。3位の脳血管疾患は、その原因の3分の1が心原性と言われています。心臓で心房細動が起こると血管内で淀みが発生し、その淀みが血栓となって脳に飛ぶと脳梗塞になるのです。さらに、心原性の脳血管疾患は重度の麻痺が残り、社会生活が困難になるケースが多いと言われています。心電図を長期間継続してモニタできれば、心房細動を早期に発見し、これらを未然に防ぐことができるはずです。

この他、夜間に血圧が上昇し、さまざまな病気の原因になると言われている「血圧サージ」の早期発見にも寄与できる

医療・介護現場への実装が待ち遠しいです。ところで、1枚のシートで複数の電気信号を検知するとき、信号が混ざって検知しにくい、ということはないのでしょうか

そうならないよう、電極の形や距離、配置などを工夫しています。ですが、アナログの電子回路のみで対応するには限界があるため、デジタル技術も活用しました。

たとえば咳嗽筋電図は心電図のR波がノイズとなり、データ解析が難しくなることが課題でした。そこで、心電図のR波が出るタイミングを検出するソフトウェアを開発し、その部分の感度を抑制することで、筋電図だけ残すようにしています。

Webシステムの構築もありますし、アナログとデジタル両方の専門性が求められるシステムなのですね。

この研究は、両方の知識と技術を最先端レベルに引き上げたうえで開発に取り組むのがベストかもしれません。しかし、それぞれ独立して発展してきた領域であるため、それは時間的に不可能です。ですからWebシステムの部分は外注し、私たちは自分の専門領域であるアナログ電子回路の構築に専念しました。それも、セコム科学技術振興財団の助成金のおかげで実現できたことです。

医学の知識もかなり必要だと思います。生体医工学は比較的新しい学問領域だと思いますが、どのような経緯で、この分野でのご研究を始められたのでしょうか。

私は理工学部電気工学科を卒業しましたが、実は大学1年生の頃は、電気にあまり興味がありませんでした。しかし2年生に進級する前の学科選択で、生体医工学の研究室が電気工学科にあることを知り、電気工学科を選びました。脳とカラダの仕組みや働きといった、未知なるものへの興味から専攻を決めたのです。

生理学や解剖学、生体機能学などは、大学院の授業だけでは足りなかったので、独学で学びを重ねてきましたし、今でも勉強中です。そして、生体について知れば知るほど、その仕組みを理解するためには道具立てが重要であり、まだまだツールが足りないと感じています。

いま振り返ってみると、電気工学科に進んで良かったと思います。当時「電気を学べば様々な方向に応用が可能だ」と言われたのですが、本当にその通りだったと実感しています。

タンパク質の質量分析技術を開発し、ノーベル化学賞を受賞した田中耕一先生は、東北大学の電気工学科出身。電気は人類の発展に間接的に貢献できる面白さがある

非接触・無拘束でバイタルを連続測定できるという夢のような装置が、すでに形になっていることに驚きました。次回は電極センサシートの応用の可能性について、詳しくお聞きします。

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