HOME > 研究者 > 高岡晃教先生 >「生体防御シグナル経路を利用したがん選択的細胞死誘導法の確立」(第1回)

がんは現代における最もポピュラーな病気で、近年は2人に1人が罹患し、3人に1人が死亡すると言われています。手術や化学療法、放射線治療が主な治療法として挙げられますが、化学療法に用いられる抗がん剤は、正常な細胞まで殺してしまうという副作用が問題になっています。

「がん細胞だけに特異的に作用する抗がん剤」は開発できるのか。免疫のメカニズムを長年研究されている北海道大学の高岡晃教教授に、お話を伺いました。

まずは先生のご専門を教えてください。

生体防御システムである免疫について、分子レベルでそのメカニズムの解析を行っています。特に病原体やウイルスによる感染症、遺伝子の異常によるがんに対する生体防御システムを解明するため、インターフェロン(ウイルスや感染細胞の増殖抑制、免疫系および炎症の調節機能などを持つタンパク質)のシグナル伝達系や分子制御を中心に研究を進めています。

免疫は、私たちの体の中でどのように働いているのですか?

免疫には、自然免疫系と適応免疫系の2種類があります。

自然免疫系は、原始的な生物から高等な生物まで、あらゆる生物が持つ免疫システムです。下図に示すように、体内に異物が侵入するとセンサーの働きをする分子が反応し、それが病原体であるか否かは関係なく、排除しようとします。侵入者が泥棒かどうかに関わらず、防犯センサーが反応すると直ちに警備員が駆けつけるセコムのセキュリティサービスと似ていますね。

適応免疫系は、例えるなら警察のようなものです。異物を詳しく分析し、病原体であると判断した後に捕獲にかかります。さらに病原体の情報を記憶することで、同じ病原体が侵入してきた時は素早く抗体を産生して戦うことができます。ただし、病原体の駆除作業に入るまでに数日を要するため、その間は自然免疫系が初期対応を行うというわけです。

これが風邪やインフルエンザなどの感染症に対する、免疫応答の仕組みです。

体の中には、細菌やウイルスなどの侵入を知らせる警報装置がある!

自然免疫系と適応免疫系は、役割は違いますが、警備員と警察のように連携しているのでしょうか。

はい。自然免疫系は、自分の体には存在しない「微生物由来のタンパク質分子」を検知すると活性化し、マクロファージや好中球などを呼び寄せて細菌やウイルスを貪食・分解した後、敵の情報を適応免疫系に伝えます。この情報を受けて適応免疫系のT細胞は感染細胞を特異的に攻撃し、B細胞は抗体を作り出します。自然免疫系と適応免疫系の二段構えの体制によって、強力な免疫効果が発揮されるのです。

よく耳にする「抗原抗体反応」は、自然免疫系と適応免疫系の連携によって行われていたのですね。ところで、外部からの侵入ではなく、自分の細胞が変異してしまう「がん」にも、免疫は働くのでしょうか。

働きますが、感染細胞を死滅させる力と比較すると、がん細胞を死滅させる力には、十分な強さがありません。

まず、外部からの侵入ではないため、基本的には自然免疫系のセンサーが反応せず、活性化しません。適応免疫系は相手を詳細に分析できるため、タンパク質が変異したがん細胞を「非自己」と認識できますが、自然免疫系から情報を得られないため効率が悪く、攻撃力も弱くなってしまうのです。

近年、がん細胞由来の核酸などが自然免疫系のセンサーによって認識され、これががんに対する生体防御として働いていることを示す報告がされてきていますが、感染の場合と比較すると、十分なものではないと考えられます。

それならば、がん細胞に対する自然免疫系の活性化、あるいは増強をコントロールできれば、適応免疫系も活性化し、強い免疫効果が発動されるのではないかと考えて、本研究に着手しました。

より強い免疫効果を得るためには、適応免疫系の活性化を誘導する自然免疫系が鍵になると考えた
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