満腹感は確かに摂食を抑制しますが、胃の中の食物は数時間で消化されてしまうため、一時的な効果しかありません。
もともと私たちの体は恒常性を保つため、多様なホルモンを分泌しています。レプチンもその一つで、脂肪細胞から分泌されて脳に作用し、食欲を抑える働きがあります。脂肪細胞が大きくなるほど分泌されるレプチンの量も増えるため、食欲がより強く抑制されて、正常体重の維持が可能になるのです。
しかし、脂肪細胞からレプチンが分泌されているにも関わらず、私たちは食欲をコントロールできずに食べ過ぎて、肥満になってしまいます。レプチンの作用が十分に発揮されない現象は「レプチン抵抗性」と呼ばれ、肥満研究における大きな謎として残っています。
私たちヒトを含めた哺乳動物は、さまざまなホルモンと中枢神経ネットワークを介した調節機能により、あらゆる環境に適応して生存することができます。病気の発症は、この仕組みが破綻して起こると考えられます。
これまで細胞自律的なエピゲノムの働きはよく研究されていましたが、臓器(組織)間のネットワーク、神経同士の相互作用である神経回路に対してどのように関与しているのかは、あまり知られていません。そのため、私は環境因子に対して「急性反応」と「慢性適応」という異なる遺伝子発現制御を持つエピゲノム機構が、肥満と過食の原因となる神経回路の機能シフトでも起きているのではないかと考え、その解明に挑戦しております。
研修医のころ、心血管疾患の患者さんの治療に携わる中で動脈硬化への興味が高まり、大学院に進学しました。このときの指導教授が、なんと先ほどお話ししたGoldstein & Brown 博士の研究室で活躍されていた先生だったのです。そのご縁から、私は学位取得後に両博士の研究室に留学することができました。
両博士はLDL(悪玉コレステロール)受容体と家族性高コレステロール血症の原因遺伝子の発見者であり、その研究室はコレステロール調節機構研究のメッカでした。
研究室では分子レベルでの緻密な解析が行われ、わからなかったことが一つひとつ明らかになり、真っ白なキャンバスに鮮やかな絵を描いていくように、コレステロールの感知機構や活性化機構、それらの活性化酵素などが、次々と発見されていきました。
帰国して研究室を主宰することになったとき、私も彼らのようなアーティスティックなサイエンスがしたいと強く感じました。当時は「遺伝子の変異が病気を引き起こす」と考えられていましたが、肥満や糖尿病などの生活習慣病は原因が単一遺伝子ではない、いわゆる多因子性疾患です。そこで、私の専門である内分泌系、栄養と代謝についてエピゲノムの観点から研究を開始しました。最終的には、メタボリックシンドロームの新規治療薬開発や予防法の確立に寄与する分子基盤の構築を目指しています。

1994年にレプチンが発見され、20年以上経過した現在においても肥満の研究は続いている。この謎を、内分泌・神経回路・エピゲノムを融合させた独自の視点で切り拓いていく