骨粗鬆症は骨が脆くなり、骨折のリスクが高くなる加齢性疾患です。閉経後の女性は4人に1人が発症するといわれており、国内の患者は1500万人を超えて、さらに増加しています。骨折による日常動作の制限や生活の質の低下は要支援・要介護状態を招くため、健康寿命の延伸には骨粗鬆症の予防が不可欠ですが、骨塩定量(骨密度)検査では「骨質劣化型骨粗鬆症」の早期発見は困難です。
九州大学大学院医学研究院病態制御内科学の小川佳宏先生は、内分泌・代謝学を基盤とした基礎・臨床研究に取り組む中で、副腎から分泌されるホルモンが骨質の劣化に関係していることを見出しました。骨粗鬆症の発症に副腎がどのように関わっているのか、お話を伺いました。
先生が医学の研究者になったきっかけについて、教えていただけますか。
学生時代は理系科目のなかでも特に生物が好きだったことから、一番高等な生物、つまり人間について専門的に学びたいと思い、京都大学の医学部に進学しました。臨床だけではなく研究も盛んな校風であり、学生時代に医化学教室を訪れた時、世界レベルの研究を目の当たりにして衝撃を受けました。そして「臨床は、病気や身体の仕組みを明らかにする基礎研究が基になっている」という話を聞き、研究に興味がわいたのです。
とくに面白いと感じたのが、ホルモンでした。内分泌器官で作られた物質が血管を通ってさまざまな場所へと移動し、特定の部位で作用する。それがホメオスタシスを維持して身体の健全な活動を支えていることに感動を覚えました。
ただし、医学部に入ったからには基礎研究のみに没頭するのではなく、医師として患者さんを診察し、臨床の視点を持ちたいとも思いました。卒業後は内科医として勤務した後に大学院へ進学し、内分泌や代謝の領域で生活習慣病の診断や治療に繋がる研究をしてきました。
生活習慣病はいくつもありますが、今回のご研究では骨粗鬆症に注目されていますね。
骨粗鬆症とは、一般的には骨が脆くなり、骨折しやすくなる病気です。通常は骨密度(骨量)を測定し、基準値よりも低ければ骨粗鬆症と診断されます。閉経後の女性は骨粗鬆症になるリスクが高くなると言われていますが、男性でも加齢によって骨が脆くなります。その原因は運動不足や食生活、喫煙などがあげられていますが、まだ十分に解明されていません。
骨折の主な原因は交通事故や転倒ですが、中には「何もしていないのに突然骨が折れてしまった」というケースがあり、脆弱性骨折と呼ばれています。そして、脆弱性骨折を起こした患者さんのうち、およそ半数は骨量が正常であるにもかかわらず骨が脆い状態になっています。検査では異常がみられなかったのに、骨折してはじめて骨粗鬆症だと判明する。これが骨粗鬆症の「50%の壁」と呼ばれている現象です。
骨量が落ちていないのに、なぜ骨が脆くなるのですか。
骨の強さとは、実は「骨量」と「骨質」の二つに大別できます。
骨量とは、カルシウムやミネラルなどの「骨の材料」の量です。カルシウム代謝に関わるホルモンを分泌する、たとえば副甲状腺のような内分泌器官の働きが関係しています。一方骨質は「骨の材質」です。骨の強度を支える物質で、柱や鉄骨などをイメージしていただければわかりやすいでしょう。
骨の強度を保つには、この「量」と「質」の両方が十分に備わってなければいけません。ところが、骨質に関しては的確な診断方法がありません。
骨質が低下しても、早期発見は難しいということですね。
この研究を始める少し前に報告したことですが、加齢によって動脈硬化が進んでいる人は、同年代の中でも骨折する可能性が高くなります。ストレスや糖尿病、脂質の異常などにより、身体全体が炎症状態になってしまうからです。このような現象を、私たちは「骨・血管連関」と呼んでいます。
この発見から骨質と代謝異常の関係に着目し、副腎を調べることにしました。副腎は腎臓の上にある楔形の、4〜5グラムの小さな臓器です。

骨量が十分でも、骨質が低下すると骨は脆くなる。骨粗鬆症の早期発見のためにも、骨質の診断方法の開発が求められている
腎臓については一般的な知識はありますが、副腎のことはあまり知りません。
副腎は腎臓の上に存在する代表的な内分泌器官であり、生命活動に重要なホルモンを分泌しています。皮質は「球状層」「束状層」「網状層」の3層構造にわかれていて、各層からアルドステロン、コルチゾール、副腎アンドロゲンが分泌されます。また、髄質からはカテコラミンが分泌されます。このカテコラミンは、アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの総称です。
アドレナリンとノルアドレナリンは、ストレスに関するホルモンですね。
ストレスを受けると視床下部からCRHというホルモンが出て、それが下垂体のACTHを分泌させます。そしてACTHが副腎を刺激し、束状層からコルチゾールの分泌を促します。
コルチゾールには抗ストレス作用、糖新生、脂肪分解、抗炎症作用・免疫抑制作用などがあり、生命維持に必須のホルモンです。コルチゾールが分泌されなくなると、その患者さんはコルチゾールに相当するものを服用しなければ生きていけません。また、下垂体を手術で切除した場合も、ACTHが分泌されなくなり、副腎が萎縮してコルチゾールが分泌されなくなります。そのケースでも服薬が必要です。
球状層から分泌されるアルドステロンは、血圧の維持に必要なホルモン。網状層から分泌される副腎アンドロゲンは性ホルモンであり、骨を強くする働きがあります。とくに閉経後の女性では、このホルモンを分泌しているのは副腎だけです。
副腎が健常な状態であれば、これらのホルモンがバランス良く分泌されます。しかし副腎皮質の3層構造は、加齢によって乱れる場合があることがわかってきました。組織学的な変化に伴ってホルモン分泌の不均衡が起こることで、さまざまな生活習慣病の発症に繋がっているのではないか。そう考えて、研究を開始しました。

副腎皮質から分泌されるホルモンは、さまざまな生活習慣病に関わっている。本研究では骨粗鬆症にフォーカスしているが、その成果をもとに他の疾患にもアプローチしていく