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異常細胞排除機構を利用した先制医療法の開発
(第1回)

東京科学大学

Hiroshi Nishina

YAPはシグナルに応じて、誘導する遺伝子を切り替えているのですか。

はい、そのように考えています。私たちは成体マウスと哺乳動物培養細胞を用いた実験から、YAPの活性化と、まだ解明できていない「排除シグナル、排除因子」によって、特異的な遺伝子の発現や細胞骨格変化が起きて、細胞排除が誘導されていることを見出しました。

さらに、哺乳動物培養細胞を用いたin vitro異常細胞排除実験系を用いて、細胞排除時に発現する因子を、本学が保有する標的化合物1600種類を用いてスクリーニングしました。その結果、炎症関連分子のプロスタグランジンE2(PGE2)などが、活性化YAP誘導性の異常細胞排除に必須の因子であることを発見しました。

YAPとPGE2が、異常細胞排除の必要条件なのですね。

はい、その可能性を考えています。しかし、これらはまだ十分条件ではありません。活性型YAPにPGE2を添加してマウスの肝細胞に導入し、異常細胞排除が誘導されるか否か、誘導された場合はPGE2がどのような影響を与えているのか、解析しています。

さらに、PGE2以外の排除因子を見つけるため、長崎大学や北里大学が保有するライブラリーを利用し、スクリーニングを行っています。最終的には、ヒトiPS細胞と肝臓オルガノイド製作法からヒトの細胞を用いた異常細胞排除実験系を構築し、マウスとヒトの異常細胞排除因子の共通性を検討する予定です。

カナダのトロント大学で学んだ遺伝子操作マウス製作技術や、東京大学薬学部に所属していたころに培った薬理学的な視点などを活用し、一つずつ課題を解決している

異常細胞の排除機構が解明され、コントロール可能になったとき、どのような病気の治療に活用できるのでしょうか。

白血病や脊髄損傷などの「正常細胞の欠損による病気」は、細胞を補う再生医療によって治療できます。しかし、肝硬変やがんなどの「異常細胞の蓄積によって臓器が機能不全になる病気」には細胞補充療法は適用できず、異常細胞排除機構を活用した治療法が有効と考えられます。とくに、私はB型肝炎の治療に貢献できると期待しています。

B型肝炎ウイルスのゲノムはDNAであり、細胞の核に挿入します。増殖したウイルスの働きを抑えることはできても、核に潜むウイルスゲノムそのものを駆除することができません。まだ、根本的な治療方法がないのです。

異常細胞排除の仕組みを解明し、コントロールできるようになれば、B型肝炎ウイルスに感染した細胞そのものを排除できるようになると期待しています。

肝臓が老化細胞を排除していることを発見した海外の研究グループは、「老化細胞の排除」によって肝臓の恒常性が維持されると考えた。一方、仁科先生らは「傷害などから生じるさまざまな異常細胞の排除」が疾患治療の鍵であると考えた

生命維持に不可欠な肝臓が持つ再生能力や異常細胞排除機構について、わかりやすく教えていただき、ありがとうございました。次回は排除因子のさらなる解析とその成果、老化の影響などについて、お話をうかがいます。

先生の所属や肩書きは2024年10月1日当時のものです。
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