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異常細胞排除機構を利用した先制医療法の開発
(第1回)

東京科学大学

Hiroshi Nishina

それでは、今回のご研究の目的について、詳しく教えてください。

肝臓の異常細胞排除機構を分子レベルで解明し、人為的にコントロールできる方法を開発し、新たな治療法の確立に寄与することです。異常細胞が出現する初期段階で、組織や臓器の生理機能を損なうことなく異常細胞のみを排除できれば、疾患のリスクを軽減し、健康寿命の延伸に繋がると期待できます。

そのため本研究では、まずはマウスなどのモデル生物を用いて、異常細胞排除に必要な因子(必要条件)を特定します。その上で、異常細胞排除を誘導する因子の組み合わせ(十分条件)を見出すことを目指しています。

近年、細胞内のリン酸化酵素Hippoや、転写共役因子YAPなどからなる「Hippo–YAPシグナル伝達経路」が臓器サイズの制御に関与していること、このシグナル経路の破綻が発がんに至ることが報告され、国内外の研究者の注目を集めました。私たちもこのHippo–YAPシグナル伝達経路に着目し、マウスの肝臓と哺乳動物の培養細胞を用いた異常細胞排除実験系を構築して、解析を進めています。

YAPとは、どのような働きを持つ因子なのですか。

YAPは、核内で転写因子と結合し、細胞増殖や未分化に関連する遺伝子の発現を制御する因子です。また、臓器が重力に負けて潰れないように細胞張力を制御し、三次元構造を維持する働きもあります。

普段は細胞質に局在あるいは分解され、不活性状態です。異常が起きたことを知らせる細胞外からのシグナルを受けると、速やかに核に移動し、遺伝子発現を誘導するなど活性化状態になります。

細胞質にタンパク質として局在するYAPは、平常時はすぐに分解されてしまうが、異常が発生したときは迅速に核に移動できる状態で待機している

細胞増殖の遺伝子発現を誘導するYAPが、どのように異常細胞の排除に関わっているのでしょうか。

肝臓にYAP活性化シグナルが伝わると、YAPは核内に移動し、転写因子と結合し、細胞増殖に必要な遺伝子を発現誘導させます。

一方で、異常細胞の排除には、YAP活性化シグナルに加えて、異常状態を知らせる排除シグナルが必要であることがわかりました。YAPは同じように遺伝子を発現誘導させますが、細胞増殖に必要な遺伝子ではなく、細胞の裏打ち構造である細胞骨格を構成するアクチンの構造をダイナミックに調整する遺伝子を発現誘導します。その結果、異常細胞は肝臓内の血管である類洞へと移動し、細胞死を経て、マクロファージに捕食されることで、異常細胞の排除が完了するのです。

傷ついた肝細胞(赤色部分)が、類洞(点線部分)へ移動して死亡し、クッパー細胞(緑色部分)に食べられる。類洞は、肝臓にある特殊な毛細血管。クッパー細胞は、類洞に存在するマクロファージの一種
先生の所属や肩書きは2024年10月1日当時のものです。
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