HOME > 研究者 > 仁科博史先生 > 異常細胞排除機構を利用した先制医療法の開発(第1回)

私たちの身体を構成し、生命活動を支えている各組織や臓器は、加齢とともに機能が衰えたり、がんなどの病気を発症したりします。その理由の一つが、異常細胞の蓄積です。

がんは死亡原因の上位を占めるにもかかわらず、根本的な治療法が未だに見つかっていません。近年発見された、異常細胞を排除する肝臓の仕組みについてご研究をされている、東京科学大学総合研究院難治疾患研究所の仁科博史先生にお話を伺いました。

先生はずっと、肝臓のご研究をされてきたそうですね。

はい、海外留学をきっかけに約30年間研究しています。肝臓は代謝と解毒の中心臓器であり、生きるために不可欠なものです。私たちが摂取した食料は胃や腸で消化、吸収され、門脈という血管を通して肝臓に送られた後、各臓器に必要な物質へと代謝されて貯蔵、必要に応じて分解・放出されます。また、薬物やアルコールなどの有害物質を分解して解毒する、胆汁を生成して肝臓内の不要物を排出したり、脂肪の分解を助けるなどの働きをしています。この他、肝臓は再生能の高さからも興味深い臓器です。

これらの反応は生まれてから死ぬまで、絶えず行われています。そのため、肝臓の細胞は傷ついたり、遺伝子が変異して異常細胞になってしまう可能性が高いといえるでしょう。

正常ではない細胞を放置すれば、肝硬変などの病気を引き起こしたり、肝臓がんになってしまうのではないでしょうか。

その通りです。しかし、私たちは必ず肝硬変や肝臓がんを発症するわけではありません。数十年間にわたり機能し続けるため、正常細胞数を維持する仕組みがあると考えられてきました。

そして2011年に海外の研究グループが「肝臓は老化した細胞を排除している」という報告をしました。私たちも2017年に「肝臓には傷ついた細胞を排除する仕組みがある」ことを発表しました。ただし、これらの分子機構については、まだ未解明な点が多く残されています。

健康な臓器は、異常細胞を排除する「異常細胞排除能」と、その周辺の正常細胞が増殖して排除後の空間を埋める「代償性細胞増殖能」を有していると考えられる

肝臓自身に、異常細胞を排除する働きが備わっているのですね。

はい、その通りです。それだけではなく、肝臓は一部を切除されても、もとの大きさに戻ることができます。

1931年にHigginsとAndersonは、ラットの腹部を開き、肝臓の70%を切除後、縫合し、1週間後に再び腹部を開くと、肝臓が100%に戻っていることを発見しました。私は、当時は「これが一体何の役に立つんだ?」と理解されず、評価もされなかったと想像します。しかし、この基礎研究の成果があったからこそ、現代の生体肝移植が可能になったのです。

肝硬変や肝臓ガンが進行した患者さんの肝臓を取り除き、生体肝移植の提供者から切除した60~70%サイズの肝臓を移植すると、患者さんの体内でその肝臓は100%の大きさに再生します。体の大きさを認識して、肝臓が自ら最適なサイズに変わっていくのです。提供者の肝臓も、時間とともに元の大きさに戻ります。

肝臓が元のサイズよりも大きくなることは、あるのでしょうか。そうなった場合は、どうなるのでしょうか。

マウスを用いた実験では、人為的に肝臓サイズを大きくすることが可能です。しかし、大きいほど解毒作用が強いスーパー肝臓になる、というわけではありません。むしろ、肝臓がんの発症リスクが高まります。臓器には「身体に応じた適切なサイズ」があるようです。それがどのように制御されているのかは、まだわかっていませんが、臓器のサイズを維持することは重要であると考えられています。

実験により、マウスの肝臓は5倍まで大きくすることができたが、間もなくがん細胞だらけになった
先生の所属や肩書きは2024年10月1日当時のものです。
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