HOME > 研究者 > 岩見真吾先生 > 血中骨代謝マーカー変動予測に基づく骨量減少予防の個別化予測医療の実現(第1回)

日本では毎年15万人が骨折し、そのうち2万人余りが死亡、6万人が要介護状態に陥っています。その背景には骨が脆くなる病気「骨粗鬆症」があり、日本の骨粗鬆症患者は推定1300万人、高齢者の2〜3人に一人が罹患していると言われています。高齢化社会において健康寿命を延ばすためには、骨粗鬆症の予防、克服は喫緊の課題と言えるでしょう。  

そこで、名古屋大学大学院理学研究科理学専攻で、データサイエンスを駆使して骨粗鬆症の研究に取り組んでおられる、異分野融合生物学研究室の岩見真吾先生にお話をお伺いしました。

先生のご専門は数理科学ですが、どのような経緯で骨に関するご研究を始めたのでしょうか。

数理科学は適用できる範囲がとても広い学問領域で、私は免疫に関するテーマにも昔から興味がありました。

数年前に科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(さきがけ)に採択されたとき、本研究の共同研究者である篠原正浩先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 運動機能系障害研究部 分子病態研究室 室長)と出会い、骨粗鬆症の研究にはデータサイエンスがあまり関わっていないことを知りました。免疫と骨は密接な関わりがあり、データサイエンスを活用すればもっとこの分野の研究が進むのではないかと感じたため、篠原先生と共同研究をさせていただくようになったのです。

平成30年度に「骨代謝動態と骨量動態のマルチスケール統合シミュレータに基づく骨量増加ストラテジーの開発」というご研究で、挑戦的研究助成に採択されましたね。

はい。生物の骨は、骨を形成する骨芽細胞と、骨を破壊(吸収)する破骨細胞の働きによって代謝を繰り返している組織です。骨粗鬆症は骨量が減って骨折しやすくなる病気ですが、「骨量が減る」と言っても、骨形成が抑制されているのか、骨吸収が増加しているのかで、とるべきアプローチは異なります。

そこで、7種類の骨代謝マーカー(骨形成や骨吸収の際に生じる代謝物)に着目しました。篠原先生にマウスの実験データを提供していただき、加齢による骨代謝マーカーの血中濃度の変化を正確に予測する数理モデルの開発に取り組み、成功しました。

本研究ではこの成果をもとに、社会実装を目指して3つの目的を掲げました。1つ目は「個々の身体状況に応じた骨粗鬆症の予測を可能にするシステム開発」、2つ目は「骨量維持に最適な運動プログラムの開発」、3つ目は「骨形成促進薬の開発に特化した骨形成の分子メカニズムの解明」です。

研究全体のイメージ図。骨粗鬆症患者が骨折によって寝たきりにならない、安全安心な社会の実現を目指す

1つ目の骨粗鬆症の予測システムは、すでに開発に成功されたのでは?

骨粗鬆症の発症は老化だけではなく、女性の閉経後に起こる更年期や、運動不足なども原因となります。

そこで今回は、加齢性骨粗鬆症、閉経後骨粗鬆症、不動性骨粗鬆症をそれぞれ再現した、疾患モデルマウスを用意しました。各マウスの血中骨代謝マーカーの濃度データを時系列に沿って収集し、その変動から骨量変化を疾患横断的に予測するシミュレータの開発を目指しました。

骨粗鬆症という病気に対しては、多くの研究者が予防や治療の開発に取り組んでいるイメージがありましたが、発症を予測する方法は研究が進んでいないのでしょうか。

骨折リスク評価ツールとしては、生活習慣や既往症などから今後10年間の骨折危険度を判定する「FRAX(フラックス)」があり、医療現場で実際に使われています。しかし、これは統計データに基づいて対象者の骨量を予想し、リスクを表すものです。

私たちが目指しているのは、一人ひとりの身体状況を血中骨代謝マーカーの濃度によって把握したうえで、骨粗鬆症のリスクを評価するツールです。先ほど述べたように、骨形成の抑制と骨吸収の増加、どちらが起きて現在の骨量になっているのかを知ることは、予防や治療を行ううえで、とても重要になるからです。

本研究では、まずは比較的急速に骨量低下が起こる不動性骨粗鬆症の疾患モデルマウスを用いて、血中骨代謝マーカーデータから発症予測シミュレータを開発します。その後、加齢性骨粗鬆症や閉経後骨粗鬆症のモデルマウスに適応できるシステムへと発展させ、最終的にヒトへの応用方法を確立する予定です。

骨代謝マーカーが骨粗鬆症の発症予測に有用であることは、他の研究でも示唆されている。しかし、予測ツールの開発や社会実装に向けた研究は、これまで皆無だった
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