数理モデル型アプローチ 生命科学 実験データ 定量的データ解析
生物の骨は、骨を形成する骨芽細胞と、骨を破壊(吸収)する破骨細胞の働きによって、常に新しい組織に生まれ変わっています。これを「骨代謝」といいます。
骨代謝が正常に行われているときは、骨形成と骨吸収のバランスが保たれています。しかし、何らかの原因で骨代謝のバランスが極端に崩れ、骨吸収のペースが骨形成を上回ってしまうと、骨密度が著しく低下してしまいます。そのまま骨代謝が正常に戻らず、骨が脆くなり、骨折のリスクが高くなってしまった状態を「骨粗鬆症」といいます。
現在、国内の骨粗鬆症患者は約1300万人と推定され、高齢者は2〜3人に1人が罹患しています。完治が困難であり、骨折は死亡や要介護状態になる要因のひとつになっているにも関わらず、骨粗鬆症の発症を予測する手段は未だ確立されていません。今後ますます高齢化が進む日本において、早期解決が求められる重要課題といえます。
そこで本研究では、骨粗鬆症の発症予測および早期診断システムを実現するため、マウスの実験データをもとに、①骨代謝マーカー(骨の形成や破壊の際に生じる代謝物)の変動から骨量変化を予測するシミュレーションの開発と、②骨量増加を実現する運動プログラムの確立を目指しています。
ただし、私の専門は数理科学です。マウスを飼育したり、生体組織を採取してデータを取るための設備やノウハウは一切ありません。私の研究は常に、そうしたデータを提供してくださる異分野の共同研究者とチームを組んで進めています。本研究は、5年前から共同研究を行っている分子生物学者の篠原正浩先生(国立障害者リハビリテーションセンター研究所 運動機能系障害研究分子病態研究室 室長)とともに、実験デザインを構築していきました。
ある時点での骨量とは「形成された骨量」から「破壊(吸収)された骨量」を差し引いた残りです。そして骨代謝マーカーは、骨形成や骨吸収の際に生じる代謝物です。私は血中の骨代謝マーカーの濃度変化から、どの程度の骨形成、骨吸収が起こったのかを数学的に定式化することで、骨量変化を予測する数理モデルの構築が可能になると考えました。
ただし人間の骨量は、年齢によって変化します。人生のあらゆる時期における骨量変化を予測できるようにするため、篠原先生には、生後4週齢、8週齢、12週齢、24週齢の実験用マウスを用意していただきました。これは人間にあてはめると、少年期、青年期、中年期、高齢期に相当します。そして、マウスが4週齢から52週齢に至るまで4週ごとに血清と骨組織のサンプルを採取し、7種類の骨代謝マーカーの変動および骨量変化のデータを作成、提供していただきました。
私はそのデータをもとに、骨代謝メカニズムにおける7種類の骨の状態を反映する「骨代謝マーカー」と骨代謝を制御する液性因子(以下、両者を合わせて「骨代謝関連マーカー」とよぶ)の効果を簡略化した数理モデルを構築し、それぞれの骨代謝マーカーの変動を予測する方程式と、骨代謝関連マーカーの変動値を変数として骨量を予測する「骨量方程式」を確立しました。
数学的に説明をすると難解になってしまうので端的に表現すると、7種類の骨代謝関連マーカーの変動をコンピュータシミュレーションによって推定できるようになったことで、年齢を重ねるごとに骨量がどのように変化するのかも予測可能になった、ということです。