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がん克服社会実現へ向けたがん発生超初期プロセスの理解と予防技術開発(第1回)

大阪大学

Ishitani Tohru

Src遺伝子変異細胞や、WntシグナルやShhシグナルが異常活性化した前がん細胞に関しても、排除を免れる場合はあるのでしょうか。

がん抑制遺伝子の変異を追加すると、排除が抑制されることがわかっています。

たとえば、Wnt シグナル、あるいはShhシグナルが異常活性化した前がん細胞の場合、がん抑制遺伝子の一つであるSmad4遺伝子の欠損を誘導すると、細胞の増殖や分化、アポトーシスを制御するTGF-βシグナルの伝達に関わるSmad(Smad2/3/4)が抑制されます。すると、細胞死が抑えられ、初期がん腫瘍が形成されてしまいます。

また、がん抑制遺伝子の変異以外に、前がん細胞の排除を破綻させる要因を発見しました。たとえば、炎症などの、組織の環境変化です。

なお、こうした遺伝子の追加変異や組織の環境変化は、ヒトの悪性腫瘍でも高頻度で見られます。そのため、ゼブラフィッシュの実験系で発見した「がん発生超初期」の一連のメカニズムは、ヒトにも共通する現象ではないかと考えています。

ここまでが過去の研究です。本研究は、これらの知見に基づいて進めていきました。

隣接細胞による前がん細胞排除機構が作動した場合(左)と、排除機構が破綻し、初期がん腫瘍が形成されるプロセス(右)

それでは、今回のご研究の目的について、詳しく教えてください。

これまでの研究で、前がん細胞が隣接細胞によって感知・排除されることや、前がん細胞の種類によって排除の方法が異なること、この排除機構は遺伝子の追加変異や組織の環境変化によって破綻することがわかっていました。そして、前がん細胞と隣接細胞の相互作用によって、初期がん腫瘍形成が促されることも明らかになっています。

しかし、いずれも概要しかわかっていません。詳しい作用機序については不明のままです。

そこで本研究では、まず1つ目の目標として「隣接正常細胞による前がん細胞の感知・制御メカニズムの詳細解明」に取り組みました。

2つ目の目標は「細胞間コミュニケーションによる初期がん腫瘍形成のメカニズムの解明」です。ここでは、詳しい作用機序を明らかにするとともに、排除機構を破綻させ、初期がん腫瘍形成を誘導する要因の違いにより、排除機構破綻後に進む初期がん腫瘍形成に違いが生じるのか、あるいは要因の違いによらず、共通するメカニズムや、共通して機能する分子が存在するのかの解明を目指しました。

初期がん腫瘍形成に共通のメカニズムや、共通して関与する分子が見つかれば、それをターゲットに治療を進めることが可能になります。そこで、最終的には「初期がん腫瘍形成を抑制する薬剤の探索と、その作用機序の解明」を目標に定めました。

なお、本研究ではゼブラフィッシュ実験系と、RNAシーケンス解析などのオミクス系を中心に進めましたが、最終的には独自に構築したヒトオルガノイドを用いて、ゼブラフィッシュ実験系で得られた知見がヒトにも当てはまるものであるかを検証し、「ヒトのがん予防技術」のシーズ創出につなげたいと思っています。

具体的な研究手法について教えてください。1つ目の目標である「隣接正常細胞による前がん細胞の感知・制御メカニズムの詳細解明」については、どのように取り組まれたのでしょうか。

これまでは、ゼブラフィッシュを使ったイメージング系と、前がん細胞をセルソーターという機械で分離・生成して、オミクス解析する手法を用いてきました。これに加え、最先端の空間オミクス技術であるPIC(Photo-Isolation Chemistry)を用いる実験系を、新たに立ち上げました。

従来のオミクス実験系では、前がん細胞とそれ以外の細胞の区別しかできず、特定の細胞を詳細に調べることができませんでした。これに対し、PICは「UVをあてた細胞のみ」のRNA解析を行うことが可能です。そのため、隣接細胞に絞って調べることができますし、前がん細胞に関しても、排除前や排除されている最中など、様々なタイミングで解析できるのです。

この新しい実験系を用いて、 Wntシグナルが異常活性化した前がん細胞と Shhシグナルが異常活性化した前がん細胞、Ras遺伝子変異を持つ前がん細胞の、それぞれの隣接細胞について調べました。遺伝子の発現変化や、分子のはたらきの変化を捉え、前がん細胞の細胞老化や、排除のメカニズムがいかに進行するかが、明らかになりつつあります。

以前所属していた大学の同僚だった研究者が、PICの開発に関与。開発からまだ間がなく、魚での使用例はなかったが、準備研究期間中にセットアップを完了し、本研究で有効に使うことができた

「がん発生超初期」に関する研究の重要性をはじめ、前がん細胞の感知・排除メカニズムや、初期がん腫瘍形成が誘導される仕組みについて、わかりやすく教えていただき感謝します。また、今回の研究目標や、隣接細胞を標的にした空間オミクス解析についてもよく理解できました。
次回は、Wntシグナルが異常活性化した前がん細胞を隣接細胞が感知し、排除するメカニズムの詳細や、前がん細胞の「マーカー」候補の発見、オルガノイドを用いたヒトの前がん細胞排除機構の検証や、今後の展望などについてもお伺いします。

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