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がん克服社会実現へ向けたがん発生超初期プロセスの理解と予防技術開発(第1回)

大阪大学

Ishitani Tohru

前がん細胞が排除されたとは、驚きです。どのようにして排除されたのでしょうか。

その仕組みを調べたところ、隣接する正常細胞がRas遺伝子変異を持つ前がん細胞の発生を感知して、細胞老化を促して不可逆的な増殖停止を起こすとともに、細胞間の接着を低下させていることがわかりました。

そして、前がん細胞が細胞老化して肥大化すると、隣接細胞は細胞骨格を形成し、前がん細胞を上皮から押し出していることも明らかになりました。

隣接細胞はRas遺伝子変異を持つ「前がん細胞」を感知すると、細胞老化と細胞間接着の低下を促して、体外に排出する

一般的に、がん細胞を排除する細胞としては、免疫細胞がよく知られています。しかし、異常細胞には免疫を抑制する仕組みが備わっているため、見つけるのに時間がかかる場合や、正確に攻撃できないリスクがあります。

これに対し、隣接細胞による排除の場合、免疫細胞よりも速やかに、かつ確実に異常細胞を排除できます。私は、これががん発生・進行プロセスにおいて、最も初期に働く「がん抑制機構」だと考えました。

新しいがん抑制機構を発見されたのですね。

しかし実際には、一部の前がん細胞は排除されず、悪性腫瘍へと進行してしまいます。それは「何かのきっかけで、この『がん抑制機構』が破綻してしまうからではないか」、と考えました。

そこで、そのきっかけを調べた結果、がん抑制遺伝子であるp53遺伝子に行き当たりました。

p53遺伝子変異が追加導入されたRas遺伝子変異を持つ前がん細胞(Ras-p53二重変異細胞)は、先述のがん抑制機構を免れて、上皮に留まります。そのうえで、隣接の正常細胞に炎症性サイトカインや活性酸素を分泌して、増殖と老化、また遺伝子変異を促します。

これが連鎖反応的に周辺の細胞に伝播した結果、初期のがん腫瘍が形成されることがわかりました。つまり、前がん細胞と隣接細胞の「細胞間コミュニケーション」が、初期腫瘍の形成を促していたのです。

Ras遺伝子変異を持つ前がん細胞は隣接細胞に排除されるが、Ras-p53二重遺伝子変異細胞は、抑制機構を免れて生存。隣接細胞に増殖・老化、遺伝子変異を引き起こし、初期のがん腫瘍形成を推進する

Ras遺伝子変異を持つ前がん細胞が、隣接細胞によって排除される仕組みと、排除を免れた前がん細胞が隣接細胞を巻き込み、がん腫瘍形成を促す仕組みが理解できました。なお、Ras遺伝子変異を持つ前がん細胞以外に、排除機構の対象になる前がん細胞はありますか。

はい。そのひとつが、先述の「Wntシグナル」が異常活性化した前がん細胞です。

そのほか、細胞内情報伝達機構の一つであり、胚の形成期に細胞の増殖・分化や組織のパターン形成などを制御する「Shh(ソニック・ヘッジホック)シグナル」が異常活性化した細胞や、がん遺伝子の一種である「Src(サーク)遺伝子」に異常活性化変異が生じた細胞も、前がん細胞として隣接細胞に感知され、排除の対象となります。

ただし、異常の種類によって、排除のメカニズムが異なります。

Src遺伝子の異常活性化変異を持つ前がん細胞は、Ras遺伝子変異を持つ細胞と同じメカニズムで排除されます。これに対し、WntシグナルやShhシグナルが異常活性化している前がん細胞は、細胞死が誘導されるのです。

RasあるいはSrc遺伝子変異を持つ前がん細胞は、隣接細胞によって押し出される。WntあるいはShhシグナルが異常活性化した前がん細胞は、隣接細胞によって細胞死が誘導される。中央画像はWntシグナルが異常活性化した前がん細胞(緑で表示)が細胞死誘導により排除される様子を撮影したもの
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